14本目 叛逆のキャンセルッ! 【Ad.19】

「誰を《王命》でブラックサンタにしたのかって聞いてんだよ、輝磨子きまこォォ……!」

「ご、誤解だぁ〰〰!」


 ソーメに胸ぐらをつかまれたまま、テルマはぷるぷると可能な限り首を横に振った。が、シャツをさらに持ちあげられ、「ぶええ」とうめいて息もままならなくなる。


「待て待て、流支ながしっ! どういうことだっ!?」

「いま言っただろ」


 あわてて千枝が止めに入ろうとするも、ソーメににらみ返される。いつもの三白眼だが、いつになく鋭い。


「人間らしくねえあの動き。《王命》で無理やりやらされてんじゃなきゃ、そうありえねえ。しかも、今日のところは悪幹部がシロ。残ってんのはこのウスラバカだけだろ」

「理屈はわかるが、どうしてテルマがそんなことっ……」

「ウスラバカにマトモな理由なんかあるかッ。つーかこの際どうでもいい。クリプレの落とし前つけさせてやる」

「肩こりに効くんじゃなかったのか?」

「濡れぎぬだぁぁぁ!」


 上を向いて声をあげたテルマを、ソーメはだまらせるようによりめあげていく。普段あまり見ない剣幕けんまくに千枝も気おくれしかけたが、思い直して今度こそソーメの肩をたたいた。


「ほんとに待て、流支。仮におまえの言うとおりなら、予定どおりオトリ作戦でブラックサンタをおびき出して、《王命》を《却下キャンセル》してみればわかるだろう?」

「ギクゥ!?」

「いまゲロったけどな」

「ギクギクゥ!?」

「ど、どのみち、放っておけないだろう? 部員じゃないなら十三時間で《王命》は解けるが、もっと早く対処したほうがいい。テルマへのお仕置きはあとまわしだ。ぱなえもそう思わない――……あれ?」


 同意を求めて振り返った千枝は、そこにいたはずの小柄な同級生のピンク髪を探して首をかしげた。

 ふと見まわすと、金髪でオッドアイの同級生も、緑髪で赤い肌をしたその相棒も、彼女たちが持ってきた丸い着ぐるみの残骸ざんがいとともに消えていた。




     ・🎄・




 カデンは走るのが得意だ。

 運動全般不得意でないが、走りは短距離も長距離も飛び抜けて自信がある。


 身ごなしの軽いタマも同じくらい走れる。悪幹部のふたりはそろって逃げ足が速い。


 割れてしまった巨大ワルプルの着ぐるみを半分ずつ抱え、左右からふたたびくっつけ合った状態でふたりは並んで走っていた。足並みがズレれば着ぐるみもズレてしまうはずだが、ぎ目でぴったりと合わさった着ぐるみはきれいな球形を維持いじしている。内側からバシバシたたく音と想定外に下品だったわめき声は、聞こえなくなって久しい。


「タマッ、本当にこいつがワルプル様を隠してるの!?」

「カデンッ、間違いないよ!」


 タマは自信満々で答えた。着ぐるみに閉じこめてあるのは、魔王部員のぱなえだ。


 タマはテルマや千枝が魔王部の部室を去ったあとのぱなえとワルプルの会話を聞いていた。ワルプルを盗まれたというのがぱなえの狂言なのももちろん知っている。カデンの休戦の意向とパーティーを優先して放置していたが、カデンがワルプルを探して外にいると聞けば話が変わる。


 カデンのほうはぱなえの動機がわからずいぶかしんでいたが、タマの話自体は一切疑っていなかった。やることは突拍子とっぴょうしもないことばかりの相棒だが、ウソはつかないし、確信のないことも言わない。確認のためにたずねたが、間違いないと言うなら全力で合わせるのみ。


 どのくらい走っただろうか。何度目かになる角をふたりで器用に曲がり終えたところで、タマが合図して足をとめた。

 ふたりとも息はまだそれほどあがっていない。テルマたちから十分距離を取ったら、着ぐるみをいったんあけてぱなえをしばろうと相談していた。


「置いたら、両側から」

「うしろになったほうが羽交はがめね」

「前から猿ぐつわ」

「オッケー」


 最小限のやり取りで示し合わせ、地面におろした着ぐるみの継ぎ目の前にそれぞれ立つ。カデンが裂いたハンカチをふたりで一枚ずつ持って、息を合わせてタマの手で着ぐるみをひらこうとした――その瞬間、かすかにひらいた裂け目から、ピンク色の光がほとばしった。


「タマ!?」


 カデンがいち早く声をあげ、ほとんど同時にタマの体がのけぞる。間一髪、着ぐるみの中から矢のように飛び出したピンクの光は、タマの前髪をかすめて夜空へ飛んでいった。


 無理な姿勢まで背中をそらしたタマは背面へ飛ぶ。と同時に着ぐるみの半球がとばされ、明るい黄色メッシュ入りのピンク髪が街灯に光る。


「くっ……!」


 カデンは飛びかかって取り押さえようとした。しかし出遅れを察知して踏みとどまる。


 薄桃色のニットカーディガンを来た華奢きゃしゃな体と赤い瞳がカデンと向き合っている。突き出された小さなかわいらしい手が、謎の紋章もんしょうの彫りこまれた消しゴムをかかげていた。

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