19本目 世界のおわりをキャンセルッ! 【Ad.24】

 すり切れてはいても、輝くような純白のマフラーだ。

 どこからともなく現れ、髪の赤く染まった千枝の首にふわりと巻きつく。


 武骨な大剣を高くかかげ、千枝は巨大なワルプルギルスと対峙たいじした。


 復活してしまった勇者部員を見おろし、魔王の化身はとっさになにも考えられなくなる。がしかし――


「まさか……」

「は?」


 巨大な敵と向き合ったまま、千枝の柳眉りゅうびが気まずそうにひそめられた。剣を掲げた腕が小刻みに震えている。ワルプルでさえ目を白黒させる。


「まさか……そんなことで起きてしまうなんてッ!」

「……?」


 くッ、とのうの声をもらした千枝の足もとに、不意に誰かがしゃがみこんだ。

 薄紫色のボブヘアに、水玉リボン付きの青いカチューシャを乗せた少女。いまだにシャツのボタンをとめられず、前傾ぜんけい姿勢も維持いじしたままながら、地面からなにかを器用に拾って立ちあがる。


 ワルプルが地上二十メートルの高さからよくよく目をこらすと、ソーメの指には小さな金属片のようなものがはさまっていた。見当違いでなければ、おそらく硬貨。


しゅせん勇者サマで助かったぜ」

「守銭奴って言うな……!」


 泣きそうな声で言いかえす千枝。

 そんなことで、というのはつまり、小銭の落ちる音――で、飛び起きた、ということらしかった。


「や、やめろ、ぱなえっ。そんな目で見るな!」


 千枝を見あげるぱなえの目もわっている。

 おそらく疲れきって朦朧もうろうとしているだけなのだろうが、向き合う千枝はもはや『勇者モード』とは関係なく頬や耳まで真っ赤になっていた。普段からお金にうるさい彼女だが、いまの状況だとどうしても守銭奴という言葉に真実味が湧いてくる。要は自覚があるのだろう。


 ワルプルはしばらくだまって三人をながめ、おもむろにこぶしをくり出した。

 三人まとめて十分こっぱみじんにできるこぶしを、千枝は大剣を構えて危うげなく受け止める。


「なんじゃそりゃあっ!? 小銭の音で起きただぁ!? オレサマの楽しみが五百円かそこいらぽっちで邪魔されたってのかァァァ!?」

「五円玉だったぜ」

「ゴエンンンんんーッ!?」


 片腕を引いたところへすかさずもう一本の腕も打ちこむ。さらにもう一発と振りかぶりながら、ワルプルは鬱憤うっぷんを爆発させた。


「安すぎんだろッ!? 世界五円で救う気かッ! おまえカネにウルサイんじゃなくてただ意地汚いだけじゃねぇかッ、この守銭奴勇者がァ!」

「も、もう言わないでくれっ……!」

「ンなことで泣きそうになってんじゃねぇよッ! そんなにカネが大事ならッ、葬式代もかからねぇぐらい粉々にしてやらぁぁぁぁぁぁ!!」


 怒声をたけびに変え、ワルプルは連続で打ちこみ始めた。

 止まるたびにこぶしを引いてはもう一発。しなる二本の腕で途切れさせない。


 千枝はことごとく的確に受け止めていたが、周りに人間がいてはほかにせんたくがないのも明らかだった。逃がせば守りきれない。いなせば巻きこむ。


「どうしたどうしたァ! おカネを入れなきゃ動きませんってかぁぁ!?」

「入れりゃ動くのか?」

「な、流支ながし!? 危ないからさがっててくれぇ!」

「どーせ押しきられたら終わりだろ?」

「ニャッハァーッ! 押しきれなくても時間切れまで釘づけにしてやりゃ終わりでぇぇぇぇっす! ツブれといたほうがマシだったぐらいの地獄を見せてやら――」

「確かにわたしは動けない。わたしはな」

「ああッ?」


 千枝が短く冷静になにか言ったのを聞いて、調子よく打ちこんでいたワルプルはやや鼻白んだ。連撃は止めないまま、しかし心なしか寒気を覚える。

 直感に呼ばれたように、ハッと空を見あげた。


 千切れ雲たちを月が照らす空に、小さな白い点がある。鳥かなにかに見えたそれは、髪も白い上に白衣をまとった人影だと気がついた。


「て、テルマっ……!?」


 人間がいるはずのない高度にその姿をとらえ、ワルプルはさらにハッとする。

 魔王の化身の悪い予感のとおりに、テルマはこはく色アンバーだったはずのフチなし眼鏡の奥をこんに光らせ、意気揚々ようよう、高らかに唱えた。


「《王令、承認》ッ! 《魔王モード》ッ、起動ぅーッ!!」


 途端、頭の二本ヅノが、青紫の光をまとって燃えあがる。

 長く太く伸び育ちながら、珊瑚さんごのように枝分かれして異形と化す。


 炎は両腕も包みこみ、溶岩ようがんのように固まって巨大な手となる。

 翼のように大きく広がる長い指。鋭いツメ。


 魔王係最後の特典。一日十三秒限定の、魔王の全魔力完全継承状態、《魔王モード》。


 縦に伸びた瞳孔どうこうをらんらんと輝かせ、《魔王》のいで立ちとなったテルマは一直線にワルプルの頭部へ飛んできた。


(こいつ、クジをッ……!?)

「さ、させるかッ。撃ち落としたらぁぁッ!」

「よそ見だなッ!」


 千枝の声がしたと思ったときにはすでに、テルマのどうに打ちこんだ腕が真上に跳ねあげられていた。投げつけられた大剣が慣性かんせいを失わず突き進み、ワルプルははじかれた腕ごと体勢を崩す。


「んなぁぁぁッ!?」


 悲鳴をあげたワルプルのけんに、なぜかストッキングだけの足が乗る。


 さらに跳躍ちょうやくし、テルマはそのきょわんでワルプルの頭に刺さるクジのひとつをつかんだ。


「ひぃぃィ!?」


 クジビキのクジは、いわば魔王の魔力を掘削ボーリングする装置だ。

 アタリクジは魔力のれ物に穴をあけ、引き抜くことで余分な魔力が抜き取られる。限定解除で戻されたぶんも、空いた穴から流れ出し、ワルプルはスイカサイズのワルプルに戻ってしまう。再封印も関係ない。


「だ、だがッ!」と、追いこまれつつもワルプルは気丈きじょうえた。


「いまキサマらが引けるクジは、それ一本で最初で最後! 確率は七分の一だッ! 引けるかなぁ〰〰?」

「なんだ。知らないのか?」

「え?」


 十三秒たてば、ワルプルの『限定解除』と違って《魔王モード》はどんな条件下でも強制解除される。テルマが怖じ気づき、クジビキを迷うようならまだ勝機はある。わらにすがる思いでワルプルは不安をあおろうとしたのだが、呆れ気味な千枝の声にたたき落とされた。


「クジビキの順番」手の中に再召喚さいしょうかんされた大剣を肩にかつぎながら、地上で千枝が淡々と語る。


「普段、テルマは毎回最後の残りを引いてる。意識してなかったか?」

「う? えーっとぉ、そうだっけ?」

「あらゆる公平なくじ引きで、テルマがアタリを引く確率は99.999パーセント。人呼んで、『魔運』」

「ま、うん? え!?」

「テルマの母親はサンタクロースだ。本物の、日本人女性で初の、サンタクロース協会公認サンタ」

「さ、さん? ささ、さ、さんさ、さんん……?」

「そのひとり娘、磯谷いそがい輝磨子きまこには、〝運〟に全振りされた魔力が生まれつき備わっていた。それはつまり、いつでもなんでもあらゆるものをクリスマスプレゼントとして受け取る能力だ。そして、。だから、テルマはクジビキに実質参加しないのが原則と――」

「ま、待て! 待て待て待て! そんなっ、そんな取ってつけたような設定でぇぇぇぇ!?」

「取ってつけ? いや……」


 千枝はうしろにいるひとりに目くばせした。この場ではテルマを誰よりも知る人物。


「そんな体質だからこそ、テルマは国の管理下にある。うちの学校にも、今日みたいな場合を見越して招待されてるんだ。史上初の魔王部すいせん枠。だよな、流支?」

「まー、キマコちゃんの成績じゃ、ウチの学校は無理だからな」

「そ、そんにゃっ……!?」

「そぉぉぉめぇぇぇぇぇぇッ!」


 今度は頭上から、地上へ向かって声がする。まるで緊張感のないびした調子で、一応とっても不満げに。


「キマコって呼ぶな! 呼んでいいのはぁー」

「へいへい。愛しのママだけだろ、テルマちゃん?」

「うむっ」


 『魔運』はうなずき、巨腕でつかんでいたクジに力をこめた。

 目移りなど一切しない。手近に手もとにあったそれを、手っ取り早く手早く選ぶ。


「待て、待て、待て待てやめろッッ! やめろ、やめろやめろォォ! やめろォォォッ、やめろォォォォォッッ! うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!?」


 アタリは黒。抜けたクジは、真っ黒クジ。


 だんまつの叫びを聖夜の空に残し、魔王ワルプルギルスは爆発四散した。

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