第26話 みいつけた

 転移陣から飛び出した勇者は、ソレイユの脳天に向かって剣を振り下ろした。まるで風を切り裂くような鋭い太刀筋から、ソレイユは反射的に右の方へと逃げる。


 しかし、逃げるには二人の距離は近すぎた。避けきれず、剣の刃はソレイユの左腕の表面を削いだ。到底肉を切った音ではない、耳の鼓膜突き破るような金属音が響いた。


「ちょっと、何してくれんのよ!」


 ソレイユは左腕を右手で隠しながら、大声で叫んだ。右手と切られ破れた服の隙間、隠されていた部分を見た勇者は目を見開き固まった。


「な、何だ、その腕は」


 服ごと表面を削いだソレイユの左腕。服から破れた所には、破れた滑らかな皮膚らしきものと、中に詰まっていたむき出しの金属が見えていた。


「これ高いんだから!!」

 ソレイユは叫びながら、勇者の顔面に左腕で横殴りする。勇者は拳を避けて、剣でソレイユの腹に刃で切り裂こうとした。


「残念でした」

 ガンっと腹にも硬い音が鳴り響く。その太刀は綺麗な服と、その上に貼られていた人工的な皮膚だけが切り、中にあった金属に止められた。


 そして、勇者の懐に飛び込んできたソレイユ。傷一つない美しい拳に、繋がる金属の腕が、彼女の凄みのある笑顔と共に振り下ろされる。

 その拳は、勇者の顎を的確に砕いた。

 半分潰れた顔、口の中に溢れた血がごふり溢れる。その漏れ出た中には、折れた歯も混じっている。唾液と鉄の匂い、汚い血溜まりが容易に出来上がっていた。


「ゔぇっ、ぁ、あっ、ぐぅ!」

 痛みで喘ぐ勇者、絶え間なく溢れる血が流れる続ける。ソレイユは、そんな勇者の身体を容赦なく、足で転がした。

 ごろり、勇者の見る世界は美しい夜空に変わる。大きな月を背中に、ソレイユが、勇者を見下ろしていた。


「早く帰れよ。ただでさえ、営業の邪魔なのに」

 心底迷惑そうな顔をしたソレイユは、静かに見下ろし吐き出した。その姿が、勇者の中にある人生で一番忘れられない記憶と重なった。


「じゅ、う、さん、ばん」

 勇者は血を吐きながら、ずっと心の中で何度も繰り返していた名前を呼んだ。震える手で、ソレイユの方へと手を伸ばす。まるで、欲しかった宝物を見つけたか子供のように、嬉しそうに笑っていた。


「みぃ、つけ、た」

 笑った勇者は力を振り絞って、手に持っていた剣を、自分の腹部に突き刺した。そして、躊躇なく貫いたものを引き抜く。噴き出す赤い血は、案の定目の前にいたソレイユの体へと噴きかかる。


「なっ! もしや!」

 何かに気づいたソレイユだったが、噴きかかる血に意識を取られてしまった。


 パキンッ。慈善の剣に着いていた宝石が一つ割れた。純潔の髪飾りにも着いていた蘇生機能が発動したのだ。


「見つけたぞ、十三番・レアーレ!」

「はっ、はあ? 誰よ、それ!」

 顔にかかった血を腕で拭うソレイユは間髪入れずに否定するが、その顔には先程にはない焦りが見える。何故、どうして、困惑が彼女の顔に浮かんでいた。


「いや、間違えない。私が見間違うものか。私が初めて負けた相手を、忘れるものか!」

 叫びながら、喜色満面に溢れた表情で切りかかってくる勇者。先程と違い、まるで障壁は無くなったと言わんばかりの動きだ。しかし、機動力の差かソレイユは左半身を盾にしつつ、攻撃を躱していく。


「燃えゆる炎を我が志に灯せ、火炎斬り!」

 痺れを切らした勇者は、強化魔法の力を使い、剣に炎纏わせる。そして、それで斬り掛かってきた。


「だっさい名前、叫ぶんじゃないわよ!」

 ソレイユは変なところに気を取られてしまったせいで、その剣を肩で受け止めた。今までなら問題なく受け止められたが、計算外なことがおきたのだ。なんと、炎の熱で金属が少し溶けたせいで、金属が変形してしまったのだ。


「なるほど、金属は熱に弱いか」

 勇者は気づいたと言わんばかりに、ソレイユに炎の剣で斬りかかる。炎の剣はソレイユの服や髪を焼き、至る所の金属を斬撃で変形させていく。

 勿論右手にも剣が当たり、肉が焼け焦げる臭いもする。わずかながら血もダラダラと流れていた。


 既に左手は使い物にならない。関節はギギギっとぎこちなく動き、所々液漏れが起きている。また、左足も歯車や銅線などの金属部分が見えておた。


 かなりピンチとなったソレイユは、自分の右ミミズ割れが酷い太腿に、古傷だらけの右手を添わせた。そして、ガーターバンドに取り付けていたお目当てを掴んだ。


「十三番んんんんっ!」

 とうの昔に捨てた名前・・・・・で呼ぶ勇者に向けて、手に掴んだものを投げつける。緑色のものが入った試験管。勇者はその試験管を、剣で軽々と綺麗に二つに切った。


 なんていう悪足掻きを、と勇者は嗤う。しかし、試験管の中にあったモノが、炎に触れてものすごい勢いで煙を噴出したのだ。


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