第18話 ドラゴンの親

「もうそろそろ逢魔が時だぁ、早く降りてきなさい!」

「はい!」


 店長の忠告に素直に返事したソレイユは、大きな箱の中にドラゴンの死骸を入れて、山頂から降りていく。既に何度もドラゴン狩り自体は行っているため、作業も板についてきたのか、不安な部分もない。


 お爺さんはソレイユが降りてくると、獲物を確認しようと箱を覗き込んだ。


「おお、ソレイユ、子供のドラゴンだと……親ドラゴンはどうしたんだ? 怪我はないか?」

「大丈夫ですよ。この子一匹しかいなかったので。多分、親が殺されたのかも」

 お爺さんは驚いた表情から、すぐにソレイユに怪我はないかと心配する。

 それもそのはず。基本的には、子供のドラゴンは親と共に必ず行動する。大きくなるまで片時も離れず、何かあれば親は全力で子供を守るのだ。その凶暴さは、計り知れない。絶対に無事ではすまないほどだ。

 その親が見当たらないということは、親が殺された以外にありえない。


「……英雄学園のやつらが、何かのレプリカを作るのに、大きなドラゴンを乱獲してるようだから。そのせいかもしれんな」

 お爺さんは悲しそうに肩を竦め、空を見上げた。ソレイユにとって聞きたくない単語ではあったが、お爺さんの前では何も口に出さなかった。

 レプリカの素材集めは、英雄学園の卒業試験だと昔聞いたことがある。たしかに、その素材にドラゴンの革があるのは納得だが、乱獲するほど卒業生が多いのか。考えれば考えるほど、ソレイユは嫌な気分になってきた。


「子供が親から離れて生き抜くには、どの生き物も難しい世界だからのぉ」

 顔を歪めるのを堪らえるソレイユの隣で、お爺さんはぽつりと吐いた。その少しばかり寂しさを含む声色に、ソレイユは何も言わず、ゆっくりとお爺さんの背を擦った。


 箱をロープで引きずって、お爺さんが住むコテージまで戻る。コテージの玄関前では、一人のお婆さんが毛糸を編みながら、ロッキングチェアに揺られていた。気の良さそうな風貌で、少しふくよかで全体的に柔らかな印象の女性だ。


「おや、爺さんお帰り。ソレイユちゃんも、大物が取れたのねぇ」

「バーバラさん! はい、ドラゴン仕留めてきました!」

「まぁ、良かったわ」

 その人はお爺さんの奥さんであるバーバラ。お爺さんと共に、昔ガラガラ食堂を営んでいた人だ。ソレイユは当初、その食堂のシェフ兼給仕の従業員だった。

 そして、一年半前にとある事件によって、二人からお店を譲り受けたのだ。


「バーバラさん、体の具合はどうですか?」

「うーん、まだまだ立ち上がれないわね。でも、ミシンは新しくしたから、お店の衣装はもう縫い終えてるわ」

「そうですか。いつも本当に助かってます」


 一年半前、まだガラガラ食堂が小さなお店であった頃。銅爛石コパラン製の調理器具が爆発した。その際に、店長は腕を大火傷による切断、バーバラは腰を骨折。

 まさに大惨事となってしまい、店の継続が出来なくなってしまったのだ。


 そこでソレイユがある程度のお金と、彼らの生活を手伝う代わりに、店を譲り受けたのだ。

 今は店長は主にこの山の管理。バーバラは、バル・ガラクタなどで使う衣装の制作の一部を請け負っている。

「ソレイユ、今日は泊まっていくのか?」

「どうしようかと思ってて、あまり時間もないので」

「もう日が落ちてきてるわ。女の子が一人で歩いちゃ危ないわよ」

 ソレイユのことを実子のように扱う二人は、心配な表情で泊まるよう提案した。

 たしかに、ドラゴンの血抜きが終わるまでここに居るとしたら、泊まっていった方が安全だろう。


 泊まろうか。そう気持ちが偏りかけた時。


「ソレイユさんにぃ伝言でぇす!!」


 腹が立つほど耳に残る特徴的で大変不快な声が、ソレイユの鼓膜に突き刺さった。

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