第19話 逢魔が時にさよならを
声の主が誰だか分かったソレイユは、天へと顔を上げて睨みつける。睨みつけた先には、オレンジ色の羽が目が痛くなるほど眩しい
「イェエイ! あの
ケラケラと笑いながら、馬鹿にした言葉を放つのはアタノールで唯一の伝言鳥人だ。
人々は遠くの人へと連絡や荷物を届ける時、基本的に人馬を使うか、空を早く飛べる鳥人を使うしかない。
例え、四位の鳥人であっても、本土で十分な生計を立てることが出来るため、人気が高い種族だ。
それなのに、アタノールに来るしかなかったとなると、能力以上の問題があるということだ。
「じゃぁねぇ! 早くダーリンのとこへ帰れよ〜ブース!」
あいつ、絶対にいつか失職させて、焦げ焦げの焼き鳥にしてやる。
もう何度目になるか分からない誓いを、ソレイユは心の中で強く唱えた。そして、夫婦の方に顔を向ける。
「ごめんなさい、ラブリィちゃんが来るから帰ります」
「そうか、それなら仕方ない。なら一刻も早く帰りなさい」
「気をつけるのよ」
二人共ソレイユとは長い付き合いのため、彼女にとってラブリィちゃんがどんだけ大切なのはよくわかっている。
そもそも、二人とソレイユが出会ったのも、ラブリィちゃんが引き合わせたのだ。
ドラゴンが入った箱を
残された夫婦はソレイユの背中を見つめながら、彼女と出会った時のことを思い出した。
三年前、夫婦二人で細々と店を経営していた頃だ。四位で長年大きな店の下働きをしていた二人は、僅かな希望を胸に自分たちを絶望に落とし続けた街から離れたのだ。
アタノールに来て、まず二人は移動できる屋台から始めた。「ガラガラ食堂」という名前は、屋台の車輪の音がガラガラと鳴るところから取った名前だ。
その内、売上を十分確保できるようになって、住居を兼ねた小さなお店が出来た。アタノールでは数少ない料理店として、かなり繁盛しており、夫婦二人では手が回らない。
けれど、夢追う者たちは皆炭鉱に向かうし、女性たちも子育てや切り盛りで忙しく、従業員を雇うのが難しかった。
その時にやってきたのが、まだ幼さの残るソレイユだった。
「この子、ここで雇えない?」
店仕舞いをし、洗い物を片付け、明日の仕込みをしている最中。閉店という文字を気にせず入ってきたのは、相変わらず顔だけが美しい男。
彼は近くの劇場でショーしているコメディアンであり、この店の常連でもあった。
「お前! 女癖悪いからって、子供に手を出したのか!」
「いやいや、そうじゃないって! 実はさ……!」
思わず声を荒げ非難すると、困ったように男は弁解を始める。駅で彼女を助け、聞けば料理の経験もあるとのこと。
「ソレイユ・ドンローザです。何でもします、働かせてください!」
そう言って、必死に頭を下げるソレイユ。今の派手な顔つきとは違い、とても素朴な顔つきをしていた。その必死さは二人に伝わり、ちょっと試しにと彼女に料理を作ってもらうことにした。
食材は保存用に取っておいたクズイモと、僅かな調味料。
プライドの高い料理人や、経験が浅いものなら嫌がるものだ。
しかし、ソレイユは違った。
土だらけのクズイモの皮を丁寧に洗い、持ってきていた包丁で丁寧に芽を取る。その取り方も無駄に身を削いでいない。皮も薄く削ぎ、丁寧に隅に片付ける。
芋を湯でて、ちょっとのオリーブオイルと混ぜる。ある程度混ざったところで、粉ふるいを使い、丁寧に芋を濾していく。それを滑らかになるまで繰り返した。その後、塩胡椒で味を整える。
滑らかにした芋を少し冷ます間、ソレイユは戸惑いなく、芋の皮を細切りにしする。熱したフライパンで、切った皮をいい色になるまで揚げ焼きにする。
「お待たせしました、マッシュポテトです」
美味しそうなマッシュポテトに、揚げ焼きした皮の飾りとバジルが振りかけられている。
手際も見事、見た目も美しく、食材も無駄にせず使えている。
「頂こうか」
「美味しそうね、頂きます」
口に入れた瞬間。正直、ほっぺが落ちるとはこのことかと驚いた。
滑らかな口当たりのマッシュポテト、素朴ながらも貧乏臭くない。寧ろ、丁寧な職人芸を感じる塩加減の塩梅。
また、バジルの風味による変化や、皮のサクサクした食感が食べていて楽しい。
「是非、うちで働いてくれ!」
思わず、叫んだお爺さんの言葉に嬉しそうに微笑むソレイユの表情は、今も忘れられない。
その瞬間、二人は今は亡き娘の姿が重なったのだ。領主に無理やり連れてかれた娘。四位だからと奪われ、投げつけられたコインの痛み。そして、「英雄学園で無駄死にした役立たず」と、娘の遺灰だけを返されたあの日。全てが二人の頭に過ったのだ。
次こそは、守りたい。神様がくれたチャンスだ。
この時から、二人にとって、ソレイユは実の娘同然なのだ。
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