第23話 招かざる客
少し日が落ち始めた頃に公演が終わり、
ソレイユはアーサーの楽屋へと向かう。
「お姫ちゃま、ありがとう。大成功だったよ!」
「うふふ。そうでしょ、そうでしょ! それにしても楽屋の装飾どうだった?」
「お姫ちゃまの俺への愛だったね、すごく素敵だ」
「ケータリングは?」
「とても美味しかった。肉もケーキも最高! アハハハッ!」
一仕事を終えた男の笑いに、ソレイユは嬉しい気持ちを抑えきれず、ぎゅうっと抱きしめる。
「この後、バル・ガラクタに来てよ!」
「ああ、勿論!」
そう楽しそうに逢瀬をした二人。ソレイユは名残惜しい気持ちを堪え、ラブリィちゃん号を牽きながら急いでバル・ガラクタへと向かう。
また、営業が終わったらラブリィちゃんと、うふふ。でれでれと締まりの無い顔のまま、営業を迎えたソレイユだった。だがしかし、機嫌が良ければ良いほど、悪いことが起きると最悪なことになる。
ソレイユは、目を見開きながら
その瞳には血管が赤く浮き上がり、瞬き一つもしない。
鏡には勿論、あのVIP席。
ハート柄のソファに座る愛しい男。そして、彼の隣には見たことのない女が居た。
青い髪に、青い鎧。美しい青い瞳に負けないほど、涼やかに整った顔。何よりも無言で佇まう雰囲気は、鋭く冷たい。氷の美人というものが正に似合う女性だ。年齢は、ソレイユと同じくらいか少し上かくらいだろう。
そんな彼女の腰には、ソレイユの神経を最も逆撫でるものがあった。
「慈善の剣……」
初代勇者が魔王を倒す時に使ったとされる宝物。
そのレプリカを持っているということは、彼女は英雄学園で勇者として卒業した事がわかる。
よりにもよって、何故ラブリィちゃんの隣に
頭の中で考えていると、一つの仮定が浮かぶ。
もしかしたら、ラブリィちゃんに惚れたのでは。
ソレイユは小さく舌打ちをした後、厨房から客席に向かって駆け出した。
いつもの彼女なら、以前の聖女のようにショーとして見世物にする。しかし、勇者というのは英雄学園において、最も課程が厳しく卒業が難しい。
更に女性の卒業者なんて、歴代で見ても手に数えられるほどだ。
それに、基本勇者は五人前後のチームで行動するはず。しかし、彼女は一人しかいないのだ。
どこかに仲間が隠れているかもしれない。本当に頭の中で最悪を想定しながら、慎重かつ真剣に店から叩き出さなければならない相手だ。
色んなことを考えるうちに、もうソレイユはVIP席の前まで来てしまった。
「ああーお姫ちゃま! 待ってたよぉ!」
「もう、ラブリィちゃんたら! で、この女誰かしら?」
男は情けない声を上げて、まるで救いの神が降臨したようにソレイユにすがりつく。目は態とらしくうるうると涙を溜めていた。そんな男の涙をソレイユは親指で優しく拭い、静かに勇者のことを尋ねた。
「なんか、お店前で捕まって。剣で脅してきて、連れてけっていうからさあ」
「私の愛しいラブリィちゃんに!? ちょっと、どういうことかしら!」
ソレイユが思わず声を荒げた。その光景に客席にいた人たちは皆凍りつく。それもそうだ、この前の泣き喚く聖女とはワケが違う。相手は勇者なのだ。
なによりも、こんな異様な雰囲気の中、責められた当本人は眉一つも動かさない。
「ちょっと、聞いてるの? その耳は飾りかしら?」
苛立ったように声を荒げるソレイユに、勇者はやっと口を開く。
「捜査の協力要請だ。脅してはいない。身分がわかるよう勇者の証を見せただけだ。寧ろ、四位が
淡々と口元だけを動かして、事実を述べる勇者。一位という言葉に、客席内の緊張感が最高潮に達する。皆、動きを止めて、三人に目を合わせないよう耳だけ向けていた。
一位。王族かそれに値する人たちしかいない最上級の身分である。そして、値する人たちの中には、当代一の英雄も含まれる。
王族は英雄職にはならないことを考えると、彼女は当代一の勇者ということなのだろう。
そんな身分の人が居たら普通の人々は言葉を紡ぐのをやめ、緊張感で何もできなくなってしまうはずだ。
「だから、なぁにぃ? 寧ろ、ここはアタノールよぉ。四位以外は足を踏み入れちゃ駄目じゃないのかぁしらぁ?」
しかし、ソレイユにとって、そんなことはどうでもいい。嫌味たっぷりに語尾を巻き舌気味に伸ばし、勇者を睨みつける。とんでもないオーナーの行動に、従業員たちも困ったように動きを止めた。
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