第25話 大エビのトマトチリソース和え(激辛)
「ここのオーナーが、この鳥人が死ぬ前に、魔物の料理を出したと街のものに聞いた」
「魔物? ああ〜あの大きな
「仕入先は?」
「この街は訳アリ商人が多くてね。肉も物がいいから仕入れただけよ」
嘘は言わずに、さらりと話を逸らす。実際に訳アリ商人は多いし、あの
勇者はただじっとソレイユの顔を見た後、なにかに気付いたのか目を見開いた。
次の瞬間、ソレイユの顔を掴もうとして、勇者がぐっと手を伸ばそうとする。
金属同士がぶつかり合う鋭い不協和音が鳴り響いた。
「ちょっと、顔、勝手に触ろうとするなんて、いい度胸じゃない」
勇者の伸ばした手首を左手で掴むソレイユ。ぎちぎちと音を鳴らし、鎧ごと握り潰すような力強さだ。流石の勇者の顔も、その人間とは思えない力に思わず眉間の皺が寄る。
「名前は?」
「あんたこそ、名乗ったらどう?」
到底、一位と四位という身分差があるやり取りには見えない。しかし、勇者は初めて口角を釣り上げた。
「ルーナ・ライト。由緒正しき勇者の末裔だ」
ライト、それは英雄となった勇者の名前。今代のライト家と言えば、英雄学園から排出した勇者の数も多い名門の二位貴族。
その事実に、客席に居た他の客たちは、更に顔を青褪めさせる。中には、食べることを放棄して、命あるうちにこっそりと逃げようとしている人もいた。
「そう、私はソレイユ・ドンローザ。アンタ、うちの店、出禁ね」
「それは断る。私はソレイユ、君とは話さねばならないから、なっ!」
最後の一音と共に、ソレイユの手が振り払われる。ヤバいと思い避けた瞬間、青い雷光のような光がソレイユの鼻先を掠めた。
「剣を出すなんて、行儀悪いわね。出禁よ」
勇者が持つ青い刃の剣『慈善の剣』。
その素早い剣先は青い稲妻のように見えたのだ。
剣を片手に携えた勇者。ソレイユは吐き捨てながら、体勢を持ち直そうとした。しかし、勇者の方が早かった。
「そうか、なら、今のうちにだな」
青く鋭い剣は、ソレイユの顔に容赦なく振り下ろされる。
間一髪。鋭い刃が左手の手首にめり込み、ガンッとうるさい金属音が鳴り響く。普通の肉ならの手首を蹴り落としていただろう。
「その腕………」
予想もしなかった違和感に、動揺した勇者が思わず問い掛けようとする。その油断という隙を、ソレイユは逃さなかった。
バンッ!
右手で掴んだ皿を乗っていた料理ごと、勇者の顔に叩き込んだのだ。赤いトマトソースと唐辛子の臭い、ふんだんに使われた巨大エビはスローモーションのように宙を舞った。
その力のせいで、勇者は無様にソファへと吹っ飛ばされる。
「貴様……っ!」
流石に声を荒げた勇者は、トマトとエビを手で払いながら、怒りの眼差しでソレイユを見る。その目は流石に唐辛子で痛いのか涙が溢れ始めていた。
大エビのトマトチリソース和え(激辛)が、さっきの攻撃で目に入ったのだろう。
「勇者様も、お目々は鍛えられないのね」
楽しそうに笑う、ソレイユ。しかし、勇者は見えづらい視界の中、容赦なく剣を振り回す。その動きは洗礼されており、かなりの手練れなのはわかる。
ソレイユは客に被害が及ばないよう、上手く動きながらガラクタが積み上げられた、モニュメントを登っていく。
勿論、ソファに座る男はじっとソレイユを眺めているだけだ。
「待って! 逃げる気か!」
「あははっ、さあね捕まえてご覧よ!」
ソレイユは、勇者の剣を巧みに躱し、モニュメントを登っていく。まるで歯車に吸い付くようにらくらくと登っていくソレイユの左手と左足。
勇者も決死の覚悟で登るが、あまりにも分が悪かった。そして、ソレイユがやってきたのは、モニュメントに横向きで刺さる大きな歯車の上だった。
大きな時計が少し上に有り、時計の針はチグハグな動きをし続けている。勿論、そのせいか、時間もデタラメだ。
ソレイユはまだ自分の半分のところも、登りきれていない勇者を見下ろした。まさに馬鹿にしきった表情で勇者を眺めるソレイユの姿は、どちらが身分が上なのかわからなくなるほどだ。
しかし、勇者も黙ってない。胸元にあったネックレスを手で握り潰す。
「転移陣!」
それは、英雄たちに特別に配られている転移陣だ。白い光の転移陣は大きく広がり、勇者の身体を飲み込む。
そして、ソレイユの頭上に同じ転移陣が現れた。
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