第8話 幸運を祈る


「お客様失礼致します。本日の前菜、生ハムと野菜のフォーチュンゼリー寄せです」

 肉体美をむき出しにした支給係の男は、大変むさくるしく眩しい笑顔を向けつつ、二人分の前菜を出す。

 綺麗に彩られたゼリーの中には、旬の秋野菜が入っており、その上には薔薇を模した生ハムが飾られていた。そして、その料理を囲むように緑のソースが、アーティスティックな線を描いている。


 聖女は興味無さそうに料理へ視線を向けたが、その美しい出来栄えに思わず目を見開く。アタノールで一番良い店だとは聞いていたが、それでもただの四位の街。元々二位である貴族出身の聖女にとっては、大したものは出ないと高を括っていたのにだ。


 でも、これは、美しくて、美味しそう。

 猛アピールしていたはずの聖女の視線がゼリー寄せに行ったのを見て、男はこれ幸いと「ご飯、先に食べようか」と促した。

 聖女はナイフとフォークを手に取り、恐る恐る食べ始める。生ハムの薔薇を一度皿の上に避けると、ゼリー寄せをナイフとフォークで分けた。切り分けたゼリー寄せの上に生ハム花びらを1枚乗せて、口の中に放り込む。


 美味しい。とても美味しい。

 上品かつ優しい味のゼリー寄せではあるが、柔らかく煮てある野菜たちの旨味の調和がなんとも素晴らしい。また、優しい野菜の風味と、生ハムの塩気あるパンチがよくマッチしていた。

 そこそこに良い食事をしてきた聖女であっても、ここまで腕のいい料理と出会えたのは指で数えられるほどだ。ゆっくりと一口ずつ味わいたい、口の中に広がる幸福に、彼女は感動していた。


 その時だった。


「ラッキィッフォーチュン! 本日の主役の証であるリンゴのお皿をお持ちの方は、おりませんか?」


 まるで夜の艶を思い出すような声は、思わず声の持ち主を探すように、自然と視線が向かってしまうほど。視線の先には、派手な装飾の仮面を着けた艶やかな桃色ドレスの女性が、くるりくるりと舞っていた。彼女は客席の間を踊るように進み、どんどんとVIP席にへと踊りながら進んでいく。


 聖女は何事かと思いつつ、一度自分の皿へと視線を落とす。皿にはまだ少しだけゼリー寄せがあったが、底部分がしっかりと露出している。よく見れば、赤いリンゴの絵が描かれていた。


「もしや、あの方はこちらを探してるのでしょうか?」


 尋ねられた男は、ちらりと聖女の皿を覗き込む。ただ、彼女に対して男が口を開く前に、踊る女性が二人の前に立っていた。

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