第2話 列車の相席
数時間前、中央横断鉄道列車内にて。
気持ち悪い、吐きそう。
機関車の四名席の窓側の隅で、ソレイユは体を丸めて縮こまっていた。その時は彼女の服も汚れておらず、綺麗なまとめ髪もしっかりと整えられている。
しかし、口にボロ布のハンカチを当て、酷い表情をしてるため、正直見た目は台無しになっていた。ハンカチを当ててるのも、少しでも吸い込む空気を浄化しようと試みていた。
同じ4名席ボックスに座る他の客は、明らかに身汚い男女とその子どもたち三人だったからだ。
息子二人は窓側に張り付き、移り変わる外の光景を楽しそうに見ている。機関車の煙と田園などの風景は、先程の駅から家族が乗ってくるまで、少女が独り楽しんでいた光景だ。
家族たちは明らかに風呂にも随分入っていないように見える。
胃液を戻しそうになるような強烈な臭いは、少女の体調を悪くさせるのには十分だった。
「父ちゃん、本当にアタノールに行けば、いっぱい遊べていっぱい飯食えるんか?」
「ああ、そうだ、もう怯えなくてええんだ」
彼らの唯一の娘は、母親の膝に乗りながら父親に尋ねる。父親は優しく答えながら、彼女の頭を撫でた。微笑ましく笑い合っている。
本当に、気持ち悪い。
喉のぎりぎりまで出そうになった言葉を、ぐっと胃の中に飲み込んだ。
すると、後ろからギコギコと油切れの悪い歯車の音が聞こえた。振り返ると、そこには少し錆びついたブリキの駅員が居た。
「切符」
舐めた口調でせっつくブリキの駅員に、家族は戸惑ったように切符を探し始める。ブリキの駅員は、この電車内のどこかにいる駅員が魔法操作しているので、この声もその駅員のものだろう。
ソレイユは家族を尻目に、胸ポケットから切符をすぐに取り出して、ブリキの駅員に渡した。
「ソレイユ・ドンローザ。四位、アルバトロスから終点アタノールまでだな」
「はい」
返事をすると、駅員から切符を乱雑に投げ返される。少女は宙に舞った切符を冷静に掴んだ。
そして、四位という言葉を聞く度に、この世界は地獄だと再認識せざる得なかった。
階級は、生まれた時から決められた自分の身分だからだ。
一位は王族やそれに値する人。
二位は貴族や各地の長や豪商。
三位は普通の市民たち。
そして、四位はそれ以下の有象無象。
階級が下ならば、上に何をされても、基本は飲み込む以外道がない。四位は理不尽な目にあっても、歯を食いしばって耐えるしかないのだ。
本当に親の階級が子を左右する。この血の鎖は恐ろしいものだ。ここにいる子どもたちも、四位は四位の子どもとして、死んでいくのだから。
「姉ちゃんもアタノールいくん?」
ソレイユが切符を眺めていたら、少年の一人に声を掛けられた。どうやら、この家族も無事駅員に切符を提出したようだ。ソレイユとしては、切符でも無くして、次の駅で強制的に降ろされたほうが良かったが。
「ええ」
空気を吸い込みたくないので、あまり呼吸を使わないように短く返事をする。
「アタノールには、金より高いもんが出るんよな! 姉ちゃんも一発当てに行くんか」
ああ、お前らのせいで体調悪いのに。素っ気無い態度に気づかない子供は、無邪気にソレイユにじゃれつく。より一層近づいてきた臭いに、ハンカチで必死に顔を覆う。
「なあ、アタノールには金よりも、たけぇもんがあるんじゃろ?」
「父ちゃんは一発当てに行くんだ」
「こらこら、すみません、うちの坊主が」
無邪気に話す少年二人とそれを宥める父親。二人の目は、夢を描いてるのか爛々と輝いている。
他の家族は不安そうではあるが、でもどこかで期待しているのだろう。
それとは反対に、ソレイユは彼らに対して内心呆れ果てる。一発当てるのはどんだけ大変なのか、わかっているのだろうか。
そんな時、わっと騒がしい声が車内に響く。
「
「
「これで昇格金を払えたら、俺も三位になれるぞぉ」
下品な壮年の男たちが酒を飲みながら、大声でそう叫んでいた。先程まで静かだったのに、あの駅員の切符確認のせいで、全員の行き先と階級がバレたせいだと思う。
ただ、そもそもアタノールに入れるのは、四位の人たちのみ。今駅員が確認したのも、四位以外の人を、死の危険性があるアタノールに入る前に下ろすための確認だ。
錬金の街アタノール。
元々は荒ぶる火山が、溶岩が火口から流れ出続けている危険地区。他の地域よりも熱い気温で、駅も街もなく、まともな人が住める場所ではなかった。
しかも、山肌は常にむき出しで黒く、山を調査してもまともな鉱石もとれない。
特に、
宝石もクズばかりで、加工品にもならない混ざりモノの粗悪品ばかり。
ずっとゴミ火山とバカにされていたのだ。
それが数ヶ月前、一人の発明家によって、その価値は一変する。
ゴミ鉱石であった
捨てるだけだったゴミを求め、底辺で無謀な夢追い人が足を踏み入れる。
ゴミクズが金に変わり、底辺が億万長者へ。
まさに、錬金の街へと変貌したのだ。
ソレイユは、ちらりと窓へと視線を向ける。外に広がる野原の草が減っていく。乾燥地帯に近づいてるせいだろう。車内も少し暑く、許されるならば、エプロンドレスの腕を捲りたい気持ちだった。
しかし、次の瞬間、事態は一変する。何か大きなモノにぶつかったような破裂音と破壊音がソレイユの鼓膜を襲う。
反射的に耳を抑えようとするが、それより先に急ブレーキを掛けただろう車両が酷く揺れた。
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