第10話 ラブリィちゃん

 徐々に明るくなる場内。

「ラブリィちゃん、ちゃんと、リンゴ撃ち落とすところ、見てくれた?」

 ゆっくりと甘く舌足らずだが、奥底には淀んだ何かを孕む声が場内に響く。

 ローズブラウンのツインテールは綺麗に巻かれ、厚い化粧も美しい。手には銅爛石コパラン製のボウガンが握られている。


 そう正しく、空から飛び込んできたのは、このレストランオーナーであるソレイユであった。


「あら、まだ邪魔に転がってるのね、リンゴちゃん」


 酷く邪魔そうなワントーン低い声。聖女が慌てて顔を上げると、既にボウガンの矛先を聖女に向けたソレイユが立っていた。

 ガシャンッ

 引き金は引かれ、矢は至近距離で容赦なく放たれた。

 聖女は間一髪のところで避けることが出来た。危機察知の魔法を掛けておけば、矢ぐらいは対処できる。しかし、これが良くなかった。


 決して、人体からしてはいけない音が、聖女の頭部から鳴り響いた。


 顔の骨という骨が砕け、一瞬の激痛が彼女を襲う。


 その激痛を感知した瞬間、レプリカの髪飾りに着いていた薔薇の花が一つバキッと割れて粉々になった。


「な、何をするのです! 私、一度死んでしまった・・・・・・・・・ではありませんか!」

 殴られたはずの傷一つない頬を抑え、その目には痛そうに涙が溜まっていた。髪飾りに込められた蘇生魔法が、自動で使われたため、ソレイユに殴られた頬も綺麗に完治していた。といっても、蘇生魔法が発動するまでの間の痛みを、彼女はしっかりと覚えている。


 しかし、ソレイユはそんなことは知らないため、綺麗に治ってるくせになにを痛がってんだかこのカマトトと、勝手に怒りのボルテージを上げていく。そして、頬を抑える聖女の髪を、ソレイユは容赦なく鷲掴み、上に引っ張り上げる。


「そんなの決まってるじゃない! 私のぉ、ラブリィちゃんにぃ、発情してたからよっ! リンゴみたいに顔赤くして、そんなに赤くなりたいなら、リンゴ咥えさせて豚の丸焼きにしてやってもいいんだけど、こんっのっメスブタ!」


 口ぶりだけは舌足らずの甘い声で楽しそうだが、ソレイユの目は血走り、その目の周りには血管が浮き上がっていた。先程も力加減誤って一度殺してしまうほど、怒り心頭である。

 聖女は彼女がラブリィちゃんと呼んでいる人が、自分の隣に座る男だとわかると、困ったように弁解をし始めた。


「な、発情なんて、そんな。私はただ、助けてくれて、これは運命だと」

「何? この私にボコられるのが運命なぁのぉ? アンタ、被虐趣味マゾヒスト?」

「な、何を、勝手に殴ってくるのはそちらでしょ!?」

「殴られるような事するからでしょぉ!?」

「はぁぁ? 二位の聖女である私を殴るなんて、貴方こそ死にたがりなのかしら!?」

 ソレイユに対して聖女は怒りで顔を真っ赤にし、上擦った声で反論する。しかし、その反論が癪に障ったのか、ソレイユは聖女の髪をさらに強く引っ張り上げた。


「二位だから、なぁに? ここは、アタノールよ? この街に来たら、二位も何も関係ないんだけどぉ」

 ソレイユはにっこりと微笑み、ぶりっ子っぽく自分の頬に指を当てながら、わざとらしく首を傾げた。

「何ですか、私が勇者様から追い出されたから、こんな仕打ちをするのですか!?」

「はぁ? 勇者ぁ? メスブタの事情なんか興味ないわぁ〜」

「じゃあ、本当に、なんでこんな事を」

 何で何でと尋ねる聖女に、疲れてきたのだろう。ソレイユは、力いっぱいその顔を平手で叩いた。


「うるさいなぁ、わかんねぇなら、黙れよ」

 ただ黙らすために殴ったソレイユから、聖女は逃げ出そうと暴れる。しかし、髪を掴んでいる手はびくともしない。


「アーサー様! この人をどうにかしてください!」

 隣りに座っている男に助けを求めた。しかし、男は叫んでる聖女を、楽しそうに眺めていた。聖女の視界にも異様な男の姿が写ったのか、さあっと顔が青くなる。


「は? 私の前で、ラブリィちゃんの芸名・・呼ばないでくれる?」


 まるで地を這うドラゴンのような低い声。怒り任せに拳を振り下ろそうとするソレイユに対し、聖女は両手指を組み、祈りの防御魔法を発動しようとした、その時だった。


「俺のお姫ちゃま、そろそろこっち見てほしいな・・・・・・

 男の言葉によって、ソレイユの動きがすぐに止まる。

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