scene 6. ハッピーバースディ、ロザリー
八月二十二日。ジョニーは仕事の帰り、花屋に寄って注文してあった花束と、ベーカリーでココナッツシフォンケーキを買った。そしてそのふたつを抱え、さらにある一軒の家を訪ねた。
いつもよりも大荷物でバスを降り、ロザリーが待つ家に帰ると、ジョニーは「た、誕生日お、おめでとう」と先ず花束を渡した。ロゼワインを思わせる可憐なピンクと薄紫、透きとおるような白が美しい花束は、八月生まれのロザリーのため店員にユーストマを中心に選んでもらったものだ。淡い黄緑色の壁を背景に、花束を抱えたロザリーの表情はいつにも増して輝いて見えた。
嬉しそうに微笑むロザリーの脇を通り、キッチンのテーブルにケーキの箱を置くと、ジョニーは背負っていたバックパックをそっと下ろし、シェルチェアの上に置いた。
ほんの少し開いていたジッパーから、黒い鼻先が覗いている。ロザリーはそれを見て、「なに!?」と声をあげた。
「あ、開けて、出してやって」と、ジョニーはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。ロザリーはもう一方のチェアに花束を置くと、恐る恐るバックパックのジッパーを下ろした。
「あぁ、もうなんてこと……! 驚いたわ、あぁ大きな声をだしてごめんなさい――おいで、なんて可愛いの……!」
ロザリーは興奮気味にバックパックの中の仔犬を抱きあげた。薄茶色をした垂れ耳の、まだ生後数週間くらいの仔犬だ。
「どうしたの、買ったの? それとももらってきたの? よしよし、なんて人懐こい子なの、可愛い……! うふふ、擽ったい」
仔犬は嬉しそうにロザリーの頬をぺろぺろと舐めている。ジョニーはその様子を微笑ましそうに見つめながら、「
ロザリーが「ブブ?」と顔をあげる。
「名前、ブブって決めたんだ。きょ、今日からうちの、か、家族だよ」
ジョニーはそれだけしか云わなかったが、ロザリーには自分たちがもうけることのない子供の代わりなのだと、しっかり伝わった。思わず目を潤ませ、ロザリーがジョニーに抱きつく。
「ジョニー、ありがとう……! 愛してる、最高の誕生日よ……!」
ブブごとロザリーを抱きしめ、ジョニーは愛する妻に口吻けた。ふたりのあいだでブブはぱたぱたと尻尾を振りながら、自分も混ぜろというように伸びあがってジョニーの顎を舐めた。
キスの最中に横入りしてきた無邪気なその瞳に、ふたりは声をあげて笑った。
食事のあと。ジョニーはリビングのステレオコンポで、先月買ったばかりの〈
〝
「あのね、今度、ハイスクールの頃からの友達が結婚するの。でね、式の前におうちで友人だけのパーティをやるそうなんだけど、それに招待されちゃって」
ジョニーとロザリーは正式に結婚していないこともあって、そういったパーティでのお披露目はしていない。ジョニーはそのうちそういうことも必要なのかな、などと考えていたが、ロザリーの相談はそういうことではなかった。
「でね、ぜひジョニーも一緒にって。ジョニーが嫌じゃなければ、一緒に行ってほしいの」
ああ、なんだそんなことかとジョニーは頷いた。
「も、もちろん。で、でも、なにを着ていけばいいのかな……」
「おうちでやるカジュアルなパーティだし、そんなにフォーマルじゃなくていいと思う。私もお気に入りの赤いドレスを着るつもりよ。他に持ってないし」
ロザリーの答えを聞き、ジョニーはフォークを持つ手をぴた、と止めた。
「……お、おお、俺、き、着るものがないし、な、なにか買わなくちゃ……だ、だからろ、ロザリーも新しいど、ドレスをか、かか買えばいいよ」
慌てた所為か、吃りが酷くなってしまった。ジョニーは咳払いをし、バドワイザーを一口飲んだ。落ち着こうと小さく息をつき、いつものように笑みを浮かべる。
「ミントグリーンか、ペ、ペイルブルーみたいな淡い色がいい。きっと似合うよ……つ、次の休みに買いに行こう」
ジョニーがそう云うと、ロザリーは嬉しい! と顔を綻ばせ、両手を頬にあてた。
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♪ The Beach Boys "Let Him Run Wild"
≫ https://youtu.be/2bO0yAY7rIg
※〈Endless Summer〉・・・一九六二年から六五年までのヒット曲が収録された、ビーチボーイズのコンピレーションアルバム。
六〇年代後半から売れ行きが不調であったビーチボーイズが、七三年の映画『アメリカン・グラフィティ』のヒットによって人気が再燃、それにあやかってキャピトル・レコードが編集、七四年六月にリリースした。
結果、このアルバムはグループにとって二作めの全米一位を獲得、ビーチボーイズは六〇年代半ば以来の商業的な成功を取り戻した。
≫ https://open.spotify.com/intl-ja/album/05J8PFXdYKeYNb8YjqqJYr
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