scene 7. 夜の街へ

 ひょっとしたら会うかもと思っていたが、レックスは葬儀に姿を見せなかった。墓地でピートとの最後の別れのあと背後から聞こえてきた噂話によると、レックスは家を出てしまい、もうこの街にはいないらしかった。

 ジョニーは思った――彼は自分やピートと違い、学生の頃から弁は立つし世渡りも巧かったけれど、家には居辛かったのかもしれない。

 ピートの葬儀を理由に、仕事は二日間休みをもらった。そのあいだにジョニーは、ピートが云っていたように返事を伝えるためのカードを作った。厚手の紙に思いつくだけの言葉を書き、穴を開けてアルファベット順に綴じ、目当ての項がさっと開けるようにインデックスシールを貼った。

 工場に行くと、つけた紐をベルトに通してぶら下げておき、なにか云われるたびにぱらぱらと捲って相手に見せた。ちっ、やっぱり喋れねえのかよと面倒臭そうな顔はされたが、以前のように怒鳴られることはなかった。

 そして何人かの新しい同僚たちは、その努力を認めてくれた。見直したよ、仕事をやる気があるってのだけはわかったぜ。そう云ってアルヴィンというベテランらしい工員がジョニーの肩を叩くと、それを合図にしたかのように同じラインを担当する工員たちが好意的な態度に変わった。そういや友達があの飛行機に乗ってたんだってな、と気の毒そうに云われもした。

 よし、この不運なジョニー坊やをちっと元気づけてやろうじゃないか。と、その日の帰り、ジョニーは職場の仲間たちと飲みに行く、という生まれて初めての経験をすることになった。



 バーでは乾杯に付き合い、皆が駄弁っているのを聞いてにこにこしていればそれでよかった。よぉジョニー、楽しんでるか? と訊かれ、うんうんと頷けば相手もご機嫌だった。

 風向きが変わったのは、ボブという陽気な男がバーを出て女を買いに行こうと云いだしてからだった。ジョニーは自分は行かない、もう帰ると身振り手振りと僅かな単語で伝えたが、酒が入った工場の男たちはなに云ってんだとジョニーの背中をばんばんと叩いた。この先によ、わりと若い女が何人も立ってる通りがあるんだ。心配すんな、今日は可哀想なジョニー坊やを元気づける会だからよ、いっちばんいい女を持っていかせてやるぜ。

 ジョニーは困りきった顔をしたが、それを見てフレッドという、ボブとは対象的にクールな男が笑いながら云った。おいやめとけ。綺麗なお顔のジョニー坊やは、女に興味がないかもしれないぜ? それを聞き、ジョニーはぶんぶんと首を横に振った。ゲイに対して偏見などないが、自分がそう誤解されることは話が別だ。

 すると、ゲイじゃないならなんだ、童貞か? と誰かが云った。その顔で童貞!? なんてもったいないこった、と笑いが起こった。いやいやまさか。もしそうだってんなら、不能なんじゃないか? 冗談半分に当てずっぽうで云われた言葉に、ジョニーはかっと顔が熱を帯びるのを感じた。

 違う、違うとひたすら首を振り、次々と話しかけられカードを探したり必死に声を発したりしているうちに、ジョニーは皆と一緒に街娼を買いにいくことになった。

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