scene 12. 三十六人めの被害者

 ジョニーはシャワーを浴びたあと、髪は乾かさずそのまま整髪料で整えた。バスルームを出ると着替えが既に用意してあり、ロザリーの女性らしい細やかさにふっと微笑む。

 彼女はもうすっかり支度を済ませたのか、二階には気配がなかった。ジョニーはスーツのズボンとシャツだけを身に着け、タイを結んでもらおうと頸に掛けたまま階段を下りていった。

「ロザリー? こ、これ、頼むよ」と声をかけながらリビングに入っていく。そして「なぁに? タイ?」という返事とともに、キッチンからロザリーが顔を覗かせると――ジョニーは青い目を大きく見開き、足を止めた。

「ろ、ロザリー……、そ、その、ど、どど、ドレス――」

 はっと思いだしたように、ロザリーは申し訳無さそうな顔をした。

「ごめんなさいジョニー、せっかく買ってもらったあのドレス、汚しちゃって……」

 ジョニーはその赤いワンピースドレスから逃げるように、じりじりと後退った。ロザリーが不安そうに、泣きそうな表情になる。

「本当にごめんなさい。今日は着られないけど、帰ってきたらちゃんと染み抜きをするから……ゆるして。今日は、あなたは好きじゃないみたいだけど、仕方がないからこれを着て――ジョニー?」

 ジョニーはロザリーの言葉を最後まで聞かずに、キッチンを飛びだした。

 階段を駆けあがり、早鐘のように打つ己の心臓をぐっと押さえる。前にもあった、この感覚。フラッシュバックのように女たちを刺したときの感触が、この手に甦る。口は乾き、手は震え、肚の中で眠っていた怪物が目覚めたかのように、ある衝動が込みあげてくる。

 部屋に戻ると、ジョニーはワードローブの下の抽斗を開け、奥から折り畳まれたナイフを取りだした。そして、まるで自分を守ってくれるアミュレットのようにそれを両手に握りしめ、額に当てた。目を閉じる。見えるのはあかく濡れた三十五人の女たち。忘れてはいない。忘れられない。他では得難い、あの眩暈めくるめく、全身が疼くような快感。

 自分には、あの方法でしか――

「ジョニー? ……どうしたの、怒ったの? ごめんなさい、私もあのドレスが着られなくて残念なの。ねえ、謝るから、こっちを向いて――」

 その声に、ジョニーは手にしたフォールディングナイフを開きながら、ゆらりと振り返った。

「ジョニー、ゆるし……」

 ゆるして、と云いながら両手を広げて近づこうとし、ロザリーはその手に握られたものに気がつくと、途惑った表情でジョニーの顔を見た。

「ジョニー? なんなの? どうしてそんなものを持ってるの?」

「赤を……」

 ジョニーはその目にドレスの赤を映しながら、独り言のように云った。「赤を、着るなって云ったろう」

「え――だって……、謝ってるじゃない。どうしたのジョニー、なんだか変だわ」

 ゆっくりとジョニーは顔を上げ、ロザリーを見つめ微笑んだ。

「愛してるよロザリー。……本当に、心から」

 それは嘘偽りないジョニーの本心だった。だから。

「ジョ――」

 ジョニーはロザリーの喉を掻っ切り、床に倒れたその躰にナイフを突き立てた。

 その瞬間。足先から脳天まで、全身の細胞がびりびりと目覚めていくような感覚が走り抜けた。愛しいヘイゼルの瞳はもうまばたきをしない。ジョニーはこれまでと同じように、何度も何度も繰り返し刺した。不規則に散らばった白いドット模様が、雲間に隠れる星のように少しずつ消えていく。

 何度めかに刺した瞬間、ジョニーはオーガズムに達し、ようやくナイフを振り下ろす手を止めた。血に塗れた手を伸ばし、もう自分の名を呼ぶことのないその唇にそっと指で触れる。淡いローズピンクだった唇が、真っ赤なルージュを引いたように華やかに変わる。その唇に、ジョニーは愛おしげにキスをした。

「……あぁロザリー……、ずっとこうしたかった。これでやっと、俺たちひとつになれたんだよ……」

 馬乗りになっていた躰を傾け、ロザリーの上から退く。そして脚を投げだすと、ジョニーはナイフを握ったまま、余韻に浸るようにその場で天井を見あげていた。――そのときだった。

「――動くな!! FBIだ!」

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