scene 5. ブラックベリー・ジャムの出逢い

 日曜日。ジョニーは朝から習慣である日曜礼拝に出かけた。この日はいつもの礼拝のあと、教会の庭園で月に一度のバザーが行われた。ジョニーもベイクセールのコーナーで、焼きたてのマフィンやクッキーを包装するのを手伝った。

 教会のシスターたちや、毎週やってくる熱心な信者たちとは、もうすっかり顔馴染みだった。皆「はぁいジョニー」「おつかれさま、ジョニー」と気さくに声をかけてくる。ジョニーはそのたびににっこりと微笑みを返した。

 バザーは大盛況で、ジョニーが丁寧にモールで綴じた袋入りの焼き菓子は早々に売り切れてしまった。簡単に片付けをし、それをシスターに報告すると、ジョニーと同じように吃音に悩んでいる子供が来ている、その母親に会ってくれと頼まれた。

 こういったことはこれまでにも何度かあった。幼い頃から吃音に苦しみながらも、おとなになった今、障害を持たない者と変わらず過ごしているジョニーは悩める者の希望であり、尊敬の対象であった。

 紹介された母子に教会の庭で会うと、ジョニーはまず分けてもらったクッキーをその六、七歳くらいの男の子にあげた。男の子は嬉しそうに「あ、あーー……りーがと」と、お礼を云った。ジョニーも「きょ、今日はき、きき来てくれて、あ、ありがとうね」とお礼を返した。男の子はジョニーの言葉を聞いて、ぱぁっと笑顔になった。

 そしてジョニーは、男の子の母親に自分の経験を語った。何度も言葉に詰まりながらも、こうして今のあなたのように、相手が待ってくれれば人と話すのは決して無理なことではないのだと伝えた。いつも使っているカードも見せ、これはそのまま相手に見せるという使い方もできるが、カードを見ながらだとすんなり言葉がでる場合もあるので試してみてと勧めた。母親は早速作ろうねと子供に微笑みかけ、何度も礼を云って帰っていった。



 教会からの帰り。いつもの停留所でバスを降りると、ジョニーは通り路にあるグローサリーストアに寄った。

 カゴは持たず、真っ直ぐ目当ての棚へと向かう。『SKIPPYスキッピー』という赤い文字のラベルが貼られたピーナツバターの瓶を取り、次に『Mrs. Miller'sミセス・ミラーの Homemadeホームメイド』の瓶がずらりと並んだ棚を眺め、目当てのものを探した。すると――

「あ」

 最後の一個だったブラックベリーのジャムをみつけて手を伸ばしたとき、それを誰かが先に取っていった。ジョニーは思わずその手を目で追い――「あっ……ごめんなさい」とこっちを見た顔に、動きを止めた。

「ひとつしかなかったのね、気づかないで取っちゃった……これ、いい?」

 柔らかくうねるライトブラウンの長い髪と、ヘイゼルの瞳。カウチンニットのカーディガンにジーンズというカジュアルな恰好の、仔栗鼠のように愛らしい女性がそこにいた。

「あ、ああああ……い、いい、です。どど、どうぞ……」

 俺はこっちの『SMUCKER'Sスマッカーズ』でいいので、と心のなかで云いながら、ジョニーはそちらの瓶を取った。本当は同じブラックベリーでもミセス・ミラーがいちばんの好物で、特にピーナツバターと一緒にパンに塗るのは他のものでは甘すぎたりして、気に入らないのだが。

「そう? よかった、ありがとう。……これ、美味しいのよね。ピーナツバターと合わせるのは、このミセス・ミラーのブラックベリーじゃないとだめなの、私」

 ――思わず、ジョニーは目を丸くして女性を見つめた。女性もこっちを見ていて、目が合ってしまったことに一拍遅れて気がつく。ジョニーはかっと耳が熱くなったのを感じると、そこから逃げだすように慌ただしくレジスターへと向かった。だが、陳列棚に挟まれた通路から飛びだしたジョニーは、会計を済ませ店を出ようとしていた五十代くらいの男とぶつかってしまった。

 男がちっと舌打ちをし、「おい! 気ぃつけろや」とジョニーに向かって怒鳴る。ジョニーは咄嗟には声をだせず、ふたつの瓶を抱えたまま頭を下げた。男は謝りもしねえのか、まったく今どきの若いもんは、とぶつぶつ云いながら店を出ていった。

 ジョニーはそのとき、足許に財布らしきものが落ちていることに気づいた。

「あ、あ、あああああの……さ、ささ、さい――」

 拾いあげながら男を呼びとめようとするが、こんなときはいつも以上に言葉が出ない。商品を持ったままのジョニーは店から出るわけにいかず、男の姿はもう見えなかった。

 どうしようこの財布、店の人に預けておこうか、とジョニーが迷っていると――

「貸して! そのかわり、これ持ってて」

 さっきの女性が最後のひとつだったブラックベリーのジャムを押しつけ、ジョニーの手から財布を取りあげた。ジョニーは驚いて顔を上げたが――女性は既に踵を返して店を飛びだし、男を追いかけていった後だった。

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