【第二章】シリアルキラー、ジョニー・ソガードの終幕

scene 1. 第一の被害者

 ――一九七四年七月 オーロラ、インディアナ州――



「――ボー! ボーどこだ? 戻ってこーい」

 日曜の朝。手にリードだけを持ち、トニーは愛犬ボーを捜していた。

 お決まりの散歩コースである川沿いの道を歩き、折り返し地点の広い空き地で首輪からリードを外すのはいつものことだった。そうしてボーをしばらく自由に走りまわらせ、十五分ほど経ったらまたリードを付けて、来た道を戻る。普段は母親が同じことをやっていて、ハイスクールが休みの日はこうしてトニーが散歩をさせる、それが家のルールだった。

 アッペンツェル・マウンテンドッグのボーはとても利口で、家でも外でもトニーの傍を離れず、呼べばいつもすぐに駆け寄ってくる。しかしこの日は何故か空き地から川のほうへ行ってしまい、姿が見えなくなっていた。トニーはまったく、と困った顔をしながら、深緑に濁る小川を覆い隠そうとしているような木々の傍まで行ってみた。

 親たちには、エレメンタリースクールの頃からうんざりするほど川には近づくなと云われていた。だがトニーは、自分はもう十五だし、少しくらい平気だとなだらかな土手を降りていった。

 滑ってぬかるみに足を取られないよう、木の幹に掴まって左右を見まわす。気温を上げ始めた夏の空気は、青々と茂る草の匂いがした。「ボー? どこだー」と何度か声をかけ続けていると、ようやく草木のあいだから黒に白と薄茶を配した見慣れたシルエットが現れ、近づいてきた。

「ボー、だめだろ、こんなところまで来ちゃ! あーあ、あしが泥だらけじゃないか。ママが怒るぞー」

 トニーはほっとし、土手から通りに戻ってボーにリードを付け――その口に、なにかが咥えられていることに気づいた。

「ん? ボー……、なにを拾ってきたんだ? 枝?」

 ボーは得意気に、咥えていたをトニーの手の上で離した。よしよし、と頭を撫でてやるとボーは嬉しそうに、千切れそうなほど尻尾を振った。

 ボーに向けて細めていた目を、自分の手にしているものに移し――それがなんなのかわかった瞬間、トニーは短い悲鳴をあげ、感電したかのような動きで振り落とした。




       * * *




「――まさか、死体がでてなかったとはな」

「道理でみつからないわけだ。俺たちがあちこち探しまわってたのは、まさに無駄骨だったってことっすね」


 シンシナティから西へ約三十五マイル、オーロラという小さな町。オハイオリバーの支流であるホーガンクリークで、白骨死体が発見された。

 一九七二年十二月から起こっている〝魅惑の殺人鬼The Fascinating Killer〟によるとされる連続殺人事件を担当、捜査を続けているサミュエル・マクニールとエドワード・キャラハンは、連邦捜査局FBIのシンシナティ支局でその一報を受け取った。すっかり白骨化している遺体は一部が欠けているものの、発見された川縁かわべりという条件のわりにはということだった。

 検屍官によると遺体は身長5フィート4インチくらいの二十代から三十代の女性、死後おそらく一年から二年。そして、重要な点がふたつあった。ひとつは大腿骨骨幹部に骨折後の仮骨形成がみられること。そしてもうひとつ、肋骨に刃物で刺された場合に残る傷が認められるということであった。それも、十五ヶ所。

 若い女性、刃物で滅多刺しにされた死体――やっとみつけた、とサムはその報告を聞き、すぐに確信した。これこそが奴にとってのきっかけ、最初の犯行に違いない。

 〝魅惑の殺人鬼〟は、その犯行現場の広がり方から、シンシナティの住人である可能性が非常に高いとサムたちは睨んでいる。それを前提に考えれば、一連の事件が起こるより前に犯人がシンシナティ、もしくはその近辺の町でこの女性を殺し、しかしその後の犯行のようにそのまま路上には放置せず、オハイオ川に運んで遺棄した。それがオーロラまで流され、ホーガン川の浅瀬に引っ掛かり、一年以上の時を経て発見されたわけだ。

「現場ではまだ周囲を捜索してますけど、もう骨もなんもみつかりそうにないみたいっすね」

「うむ。まあ、靴や所持品が残骸すらないのは残念だが、骨があれだけ揃ってたんだから上等だ。文句は云えんな」

「ですね。オハイオ川で沈んでたらとっくにばらばらになってます。肉が腐る前に小さい川に引っ掛かっててくれてよかった」

 推定年齢と身長を頼りに、一年から二年ほど前、シンシナティ辺りで忽然と失踪した女性を捜しだす。そうして遺体の身元が判明すれば、ひょっとしたら今度こそ犯人の正体がわかるかもしれない。一連の犯行はたんに若い女性を狙っただけかもしれないが、きっかけとなった最初の一件だけは知人である可能性があるからだ。顔見知り程度でも、充分手掛かりになる。

「よし、行こう。まずは該当する時期に届けられてる捜索願を片っ端から当たるぞ」

「うへぇ、了解。今度は骨折り損じゃないことを祈りますよ」

 サムとネッドはようやく掴んだ手掛かりに発奮しつつ、支局を出た。

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