scene 5. マイラの証言

 シンシナティで毎夜、聞き込みを始めてから五日め。

 サムとネッドはようやく一九七二年十二月より前に、ひとりの街娼が忽然と消えたという情報に辿り着いた。

 サイケデリックな花柄のシャツに弁柄色のスラックスという、ソープオペラから抜けでてきたかのような恰好――サムはポロシャツを着ただけで、他は普段と変わらなかった――で現れたネッドに誘いをかけてきた娼婦は、自分たちが連邦捜査局FBIの捜査官だとわかると中指を立てて逃げていった。しかし、その様子を陰で見ていたらしいヴェラという東欧系の女が、自分はいなくなった女のことは知らないが、一年ほど前、あるホテルを営業している婆さんが、立ちんぼの女がひとりいなくなった、自分は殺人犯らしい客を見たと騒いでいたという話を――もしも自分が手入れで捕まったときは助けるという条件付きで――聞かせてくれた。

 ヴェラの案内でそのホテルまでやってきたサムとネッドは、早速そこのフロントから顔を覗かせた老婦人に話を聞こうとしたのだが――

「まったく、なんだって今頃そんな話を聞きにきたんだか! あたしゃね、あのを見なくなったって話を聞いたとき、ちゃんと警察だんな方に云いましたよ! あの娘と部屋に入って、ろくになんにもしてないくらいの時間で一目散に帰ってった客がいたんですって。けどね、妾の話なんて誰もまともに聞いちゃくれなかった。そりゃね、そのあとから女のほうもホテルを出てったんで、そんときゃ生きてたわけですけどね!」

 この辺りで商売をする街娼たちが利用する、いわゆる連れ込み宿のような安普請のホテル。その持ち主兼フロント係であるマイラという高齢の女性は、サムが突然いなくなった街娼はいないかと尋ねた途端に、勢いよく捲したて始めた。


 少しのあいだ辛抱強く聞き、いろいろ文句や一般論的な警察への不満や悪口を省いて話をまとめると、一九七二年十月二十日、金曜の夜――マイラは営業日誌に、その日あったことを毎日欠かさず書いていた――いつも部屋を利用する小柄な街娼が、金髪の若い男と一緒にやってきたのだそうだ。男が部屋代を支払い、ふたりは二階の部屋へと向かったが、ものの十分かそこらで男がひとり、服もちゃんと着たまま階段を駆け下りてきて、そのまま外に飛びだしていったという。

 マイラはそのとき、暴力沙汰でもあって女が部屋で倒れてやしないかと思ったそうだ。しかし女のほうも慌てた様子で階段を下りてきて、ミニドレス姿で男を追いかけていったらしい。やっぱりなにかあったかと思いはしたが、男は足が速く追いつけそうになかったし、女は着ていた上着を脱いでいたため、すぐに戻ってくるだろうとたいして気に留めなかったそうだ。

 しかし女はそれきりホテルには戻らず、部屋には女が着ていた幾何学模様のジャケットと、化粧品などの入った小さなバッグだけが残されていたという。


「妾もね、たかが立ちんぼの女がひとり消えたくらいと思って、そんときは届けたりはしなかったですよ。でもね、あの殺人鬼が騒がれ始めて、しかも金髪だとかって云うもんだから、ひょっとしてあのときのあいつが怪しいんじゃないか、あの娘もどっかで殺されてるんじゃないかって思いましてね。で、偶に此処を取り締まりに来るおまわりさんにその話をしたんですよ。

 なのにあの連中ときたら! 部屋に死体か血痕でも残ってたんなら届けてくれ、って、こうですよ!」

 話を聞き、サムは警察の態度については遺憾に思うが、自分たちはFBIだと云った。そして、その金髪の男についてなにか憶えていることはあるかと尋ねた。

「忘れちゃいませんけどね、この商売、そんなにじろじろ客の顔を見るもんじゃないんですよ。だから、まあ二十歳はたちそこそこの若い男で金髪で、えらい綺麗な顔をしてたってくらいは憶えてますけどね、そのぶん特徴とか、そんなもんはなんもわかりませんねえ」

「女の名前や住んでいたところについては?」

「知りませんよ。此処いらにいったい何人の立ちんぼがいると思ってんです。よく利用してくれる娘だなあってくらいで、名前なんざ聞きゃあしません」

「じゃあ、その女が脚を骨折したことがあるかどうかは?」

「脚ですか? ああ、どっちの脚だったかは憶えてやしませんけど、偶にびっこを引いてたことはありましたよ。寒い時期だったかね。妾もね、湿気た晩なんかには膝が痛むんで、若いうちから可哀想にって見てたんですよ」

 この婆さんには今度、ピザかなにかをご馳走してやるべきかもしれない。サムはネッドと顔を見合わせて頷いた。女の身許は病院を当たっていけば、いずれ判明するだろう。そっちは警察に任せてもいい。

「じゃあ、あとは……客のほうで、ここをよく利用する奴ってのはいるか?」

「そういうことは通りで女の子らに訊いたほうがいいんじゃないですかね。妾ゃ場所を提供してるだけですからね。もちろん中でなにをしてるのかも知りませんよ。証言だとかなんとか、ややこしいことになっても妾ゃそうとしか云いませんからね」

 サムはなるほど、と肩を竦めた。

「じゃ、とりあえず女の似顔絵が欲しいんで、支局までご一緒願えますか」

 マイラは少し考えるように、眉をひそめた。

「今から? じゃあ、若いほうのあんた、そのあいだフロントここ見ててちょうだいな。それか、今晩はもう閉めるからその損失分を払ってもらうか」

 サムは都合のいい時間帯に人を寄越すからと、丁重に頼み直した。

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