scene 7. 殺人スケジュール

 ――一九七四年三月 シンシナティ、オハイオ州――



 捜査は行き詰まっていた。サムとネッドはシンシナティとその周辺の警察署へ片っ端から出向き、〝魅惑の殺人鬼The Fascinating Killer〟の犯行が始まったとされるより前に似たような遺体が出ていないか、しらみ潰しにあたった。しかし若い女性の刺殺体はもちろん、ナイフで襲われたなどの未遂事件も含め、該当するような記録はみつからなかった。

 サムたちは疲弊していた。期待した手掛かりをみつけられなかったから、というだけではない。〝魅惑の殺人鬼〟による連続殺人事件は、昨年十二月二十三日のノックスヴィルのあと、もう二ヶ月半も起こっていないのだ。もちろん、事件が起こらず新たな被害者が出ていないのは喜ぶべきことなのだが――心境はまるで、ポーカーでごっそりと勝ち逃げされたときのそれだった。

 捜査本部を移した連邦捜査局FBIシンシナティ支局に戻り、赤いピンを留めたアメリカ合衆国ステイツの地図と、被害者の写真が貼られているホワイトボードをサムが恨めしい思いで眺めているとき。別の事件を捜査していた同僚が、一月からワシントン州やオレゴン州など太平洋岸北西部で若い女性が姿を消すという案件が続いているそうだと云ってきた。ひょっとしたら犯人は足が付くのを怖れて移動し、拉致してから殺し、死体も隠すように犯行のやり方を変えたのでは、と。

 まさかと思いながらサムは、いちおうその行方不明者のリストを確認した。そして、これは違う、別の奴の仕業だときっぱり云った。何故そう云い切れるのかと尋ねられ、サムは答えた――いなくなったのは皆、長い髪を真ん中から分けた似たタイプの女性ばかりだ。拉致されたとして、この犯人には獲物に好みがある。おそらくレイプ目的だろう……俺の追っている奴の犯行じゃない。

 同僚は納得し、こっちの事件とは無関係だと電話で伝えておくと云い、自分のデスクに戻っていった。

 その様子を黙って見ていたネッドは、生死不明で行方がわからないのと、死体はあるけど手掛かりがないの、どっちの解決が早いですかね、と苦笑した。

「こっち、もうあと一件くらい事件を起こしてくれると助かるんだけどなあ……、できれば週末を避けて」

「おい、不謹慎だぞ」

 嗜めたものの、サムもそう云いたくなる気持ちはわからないではなかった。

 ケンタッキー州で九件、オハイオ州で十一件、インディアナ州で七件、ウェスト・バージニア州で四件、ペンシルバニア州で二件、テネシー州で一件――これまで三十四件、即ち三十四人もの女性が殺された事件が、なんの手掛かりもみつけられないうちにぴたりと止まってしまったのだ。このまま事件が迷宮入りすれば、それぞれの州警察と自分たちFBIの完全なる敗北である。

 やはり次の犯行を期待するしかないのだろうか。しかし次の犯行があったとして、これまでと同様、目撃者や遺留品などの手掛かりがなければ同じことだと、サムはシンシナティを中心に広がる赤いピンを睨んでいたが――

「……週末?」

 ふとそれが引っかかり、サムはそう聞き返しながらネッドに向いた。

「え?」

「いや、おまえ今、週末を避けてって云ったろう。なんでだ?」

 〝魅惑の殺人鬼〟の犯行は毎月二件から四件と続いてきたが、特に曜日は定まっておらず、間隔もばらばらだった。犯行時刻はいずれも深夜頃、十一時から一時のあいだ。なので零時を過ぎても日付を変えずに考えて――金曜に十二件、土曜に八件と、確かに週末は他の曜日より多く犯行が行われていたが、それについては標的をみつけやすいからだろうという推測が成り立っていて、特に疑問はなかった。

 ネッドは自分よりずっと若いが、まだ独り者で週末くらいは早く家に帰りたいというタイプではなかった。なので、どういう意味でそう云ったのかが気になったのだ。

「いや、この犯人ホシ、週末の事件のときはシンシナティからかなり離れてることが多いんで……なんかもうこうして支局にいると、余所に出向くのがめんど――サム?」

 サムはネッドの言葉に弾かれたように椅子を蹴って立ちあがると、資料の山をひっくり返し始めた。目当てのファイルをみつけるとそれを引っ掴み、ホワイトボードの地図に向かい赤いピンの傍に日付を書き込んでいく。

 十二月二十三日のケンタッキー州フローレンスから始まり、一件ずつ順に三十四件――すると、そのうちサムにもはっきりとわかった。犯人がシンシナティ在住であるという推測を前提にすると、五月十九日のインディアナ州エバンズヴィルからオハイオ州アクロン、イーストリバプール、ペンシルバニア州ピッツバーグと、徐々にすることが増えている。

 そのうえ、車で約三時間半ほどで着ける街で犯行があったのは土曜ばかり、そして四時間半はかかるであろう街で犯行が起こっているのは、決まって金曜だった。

「……遠出をするとき、週末を選ぶのはまあ、当たり前といえば当たり前だが……」

「遠出ですか? そりゃそうっすね、平日にやっちゃあ、仕事に響きます。それに金髪の男が事件の翌日に決まって休んでたら、さすがに怪しまれるでしょう。本気じゃなくても、冗談の種くらいにはなるんじゃないすかね。あと、夜遊び帰りの若い女が彷徨いてるのも大抵、週末ですし」

「しかし、ならもっと土曜が多くてもよさそうなもんだ。なんで金曜のほうが多くて、しかも遠い?」

 ネッドはそれほど疑問に思わない様子で、ひょいと肩を竦めた。

「さあ……。土曜の犯行の後は早く帰らなくちゃいけないとか」

「だから、なんのために早く帰らなくちゃいけないんだと思う?」

「なんのためって……日曜は朝からなにか用があるとか」

「日曜に用? 日曜の朝と云えば、なにがある」

「……日曜礼拝、ですかね?」

 日曜礼拝?

 連続殺人犯が毎週熱心に日曜礼拝に通っているのを想像し、サムは出来の悪い冗談だと頭を振った。

「ネッド。おまえ、信心深いほうなのか?」

うちはプロテスタントですけど、日曜礼拝なんて子供ガキの頃に連れていかれたきりっすね」

「ま、そんなもんだろうな」

 神頼みで事件解決の糸口がみつかるなら、いくらでも祈るんだがな、とサムは溜息とともに弱音を溢した。

 犯行がもう起こらないなら、本当に迷宮入りかもしれない。凶悪犯が野放しのままなのはもちろん問題だが――もうこれ以上、人生はまだこれからという年頃の遺体を見るのも、泣き崩れる母親を見るのも懲り懲りだ。

 三十五人めの被害者が出て事件が解決するか、このまま二度と犯行が行われず迷宮入りかの二択なら後者のほうがいい、とサムは思い、捜査官失格だなと苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る