scene 8. 小瓶のなかの一日

 カーラジオからはジム・クロウチの〝Time in a Bottleタイム イン ア ボトル〟が流れていた。

 最盛期に夭折*したミュージシャンの声を聴きながら、ジョニーはふと昔の、大切な友人と過ごしたときのことを思いだしていた。ハンドルを握るジョニーの隣では、疲れてしまったのかロザリーがシートに躰を預け、ぐっすりと眠っている。


 朝、出かける支度をしているロザリーの目を盗み、ジョニーは洗車しておいた愛車のマスタングを、倉庫から家の前まで移動した。さあ行きましょうとブブにリードを付け、抱きあげたロザリーは、ドアを開けてそこに駐められている車を見ると、ぽかんと口を開けたまま立ち止まった。

 サプライズに期待通りの反応を見せたロザリーに、ジョニーは知人から安く譲ってもらったんだよと嘘をついた。疑う理由を持たず、ロザリーは素直に信じてとても喜んだ。

 初めてのドライブだからと、ジョニーは真っ直ぐ目的の店には向かわず適当に遠回りし、街中を流した。ロザリーは興奮気味なブブと一緒に外の景色を眺めていて、ジョニーはそんなロザリーに目を細めていた。

 店に着くと、ロザリーが洋服を選んでいるあいだ、ジョニーは路肩に駐めた車で待っていた。持参した容器でブブに水をやり、自分もコーラを飲んで休憩する。ぴかぴかに磨きあげた愛車を満足気に眺めながら、ジョニーは頭のなかで再確認をした――犯行時に着ていたレインウェアは処分したし、ナイフは家、ワードローブの抽斗の奥だ。車はいつも殺した場所から死角になる位置に駐めていた。戻る際、前方に警官らしき影を見て反対方向から大回りしたことが二度あるが、車に乗りこむところは一度も見られていないはずだ。なにも問題はない。

 ジョニーが薦めていたとおり、ロザリーは勿忘草のような淡いブルーのワンピースドレスを選んだ。それに合わせた靴と、花のようなフリルをあしらったパーティバッグも購入し、ロザリーはご機嫌でおまたせ、と車に戻った。

 そのあとジョニーも、昼のパーティに無難なダークグレーのスーツを買った。ロザリーのドレスに合わせ、タイとチーフはブルー系。ジョニーにとってはこれが初めてのスーツだった。

 その他にもゆっくりといろいろ見てまわり、花模様のピッチャーとタンブラーのセットや新しいクッションカバー、ブブのためのボールやぬいぐるみまで買い、マスタングの窮屈な後部座席はいっぱいになってしまった。


 飲食店が多いノースサイドでロザリーを起こし、ジョニーは今日は疲れたろうから、食事も外で済ませて帰ろうと云った。喜ぶロザリーにここでいい? と尋ねてステーキハウスのパーキングに車を駐め、ジョニーは窓際の席が空いてるといいなと呟いた。その見やった窓から見えるよう、ブブを外に出し、水を置いてリードをバックミラーに繋ぐ。おとなしく待ってるんだぞと云い聞かせると、わかったのかブブはその場におすわりし、きゅうんと鳴いた。

 愛する妻と、我が子同然の可愛い愛犬を連れてお気に入りの車でドライブに出かけ、ショッピングを楽しみ、そして締めくくりにちょっと贅沢な食事。

 この日はジョニーにとって、これまで生きてきたなかで最高に幸せな一日であった。









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♪ Jim Croce "Time in a Bottle"

≫ https://youtu.be/9h1davKgBYM


※ ジム・クロウチは一九七三年、次のコンサートを行う地へ赴くため乗ったチャーター機の事故で亡くなっている(乗客六人全員が死亡)。

 "Time in a Bottle" は「もしも時間を小瓶に詰めておくことができたなら」というせつない歌詞が、愛する妻と幼い息子を残して逝ったクロウチの運命や心情を彷彿とさせ、死後にリリースされたベストアルバムとともに大ヒットした。

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