scene 3. 不能

 そうしてジョニーが生きづらさをごまかしつつ毎日を過ごしていた、ある日のこと。ちょっとしたがあるんだけれど、一緒に行かないか? とレックスが誘ってきた。

 夜が更けてからこっそり待ち合わせて向かったそこは、男の客ばかりが酒を飲みながら駄弁っているバーだった。レックスはカウンターの隅で集まっている若者たちに近づいていくと、彼が友人のジョニーだと紹介をした。

 噂には聞いてるよ、本当にハンサムだね。三人の若者たちに値踏みするような目で見られ、ジョニーは察した。ここはゲイたちの集まるバーで、レックスの知り合いらしいこの男たちはつまり、そういう人たちなのだろう。

 一頻り挨拶を交わすと、レックスは店を出ようと云った。来たばかりなのに? と顔を見ると、僕たち、ここでは酒が飲めないからね、とレックスは云った。三人のうちひとりは残ると手を振って別れ、四人は店の裏に駐めてあった誰かの車に乗りこんだ。

 そして、辿り着いた誰かの家に招かれた。

 そのときにはもうなんとなくわかっていた。薄暗いランプと音を消したTVに照らされたリビングで、四人はソファで寛ぎビールを飲んだ。ジョニーもスナック菓子を摘んだりしながら、レックスたちが駄弁っているのを聞いていた。

 ブライアンという男がときどき話しかけてきたが、レックスからいろいろ聞いているのだろう、首を振るだけで返事ができるような質問だった。レックスは黒髪のダグという男とずっと親密に話しこんでいて、しばらくするとふたり肩を組み合い、二階へと上がっていった。

 ふたりっきりになると、ブライアンはジョニーに女の子じゃないとだめかどうか、試してみないか? というようなことを云ってきた。そういう方向になるんだろうな、ということは察していたし、ジョニー自身もひょっとしたら、という希望混じりの疑いは持っていたので、ブライアンが頬に触れてきたときもされるがままにしていた。唇を押しつけるだけのキスをされ、どう? 嫌な気持ち? と尋ねられた。が、ジョニーにはよくわからなかった。

 ブライアンは少しずつ、行為をエスカレートさせてきた。嫌な感じはしなかった――というよりも、嫌な気持ちになる余裕がなかった。ジョニーはまたもだんだんと緊張に躰を強張らせ、「まま、ままま待って……ぶ、ぶぶブ――」と、言葉を発せず、そのことにさらに焦るという状態になってしまった。

 それでもブライアンは行為を止めず、まだ萎えたままのものを口に含んだが、ジョニーのそれはまったく反応を示さないままだった。顔を上げ、自分を見つめて困った顔で溜息をついたブライアンに、ジョニーは居た堪れなくなった。かっと顔を真っ赤にしてブライアンを突きとばし、ジョニーは慌ててズボンを引き上げた。逃げだすようにその家から去ろうとすると、ブライアンが腕を掴んで引き留めてきた。ジョニーは動転して「かか、かかか帰――」と喚きながら腕を振りまわしたが、その拳が運悪くブライアンの眼に当たった。

 セックスに至らなかった苛立ちもあったのだろう。ブライアンはお返しとばかりに、ジョニーを三度も殴った。吹っ飛んで床に倒れた音が二階に届かなかったとは思えないが、レックスが慌てて下りてくることはなかった。それどころではなかったのだろうとわかってはいたが、ジョニーのなかにはもやもやとした気持ちだけが残った。

 そして、そんなことがあってからレックスとは、顔を合わせてもほとんど口を利かなくなってしまった。





 ところで、ジョニーには叔父がいた。母の弟であるデイヴは、シングルマザーであった母を助けるつもりなのか、ジョニーが幼い頃からしょっちゅう家にやってきていた。

 母が早くからジョニーに期待をかけるのをやめ、いろいろ諦めたかのように接していたからなのか、デイヴは不憫なジョニーをとても気にかけてくれていた。が、もともとが粗野で大雑把、しかも考え方の古い頑固なところがある人だったので、ジョニーはありがたい気持ち半分、放っておいてほしい気持ち半分な感じで付き合っていた。


 あれは十七歳の冬のことだった。いつも暗い顔をしているジョニーに、デイヴはまだ喋れないのか、人見知りなんて要は慣れだぞと何度と無く聞いた励ましを云った。

 しかしこのときは、それまでと違ってもう一言あった。

 デイヴは母がキッチンに立ち、背を向けているのを確認し、ジョニーに耳打ちした――いいかジョニー。人見知りなんてな、要は慣れと自信だ。になっちまえば男として自信もついて、その吃りもすっかり治っちまうさ。俺に任せとけ。

 その夜、ジョニーはデイヴに、隣町の娼館に連れていかれた。

 ――結果から云うと、プロの手によってでもジョニーのものはその機能を果たさなかった。自称二十四歳、しかしどう見ても三十は過ぎていた赤毛のその娼婦は、これまでに何人もの筆下ろしをしてやったことが自慢だったらしい。思いつく限りの過激なサービスをしてもまったく勃たないことにプライドが傷ついたのか、リタと名乗ったその娼婦は、回想するに堪えないほどの酷い言葉でジョニーを罵った。

 プロが相手なら今度こそ……! と、心の片隅で期待していたジョニーは徹底的に打ちのめされ、絶望し、ふらふらと部屋を出た。

 真っ白になった頭のなかで、部屋でかかっていた〝Nights in ナイツ イン White Satinホワイト サテン〟がいつまでも鳴り響いていた。

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