第6話 Not Found

旅行委員になってから、旅行会社の人が来ると仕事を中断して打ち合わせをすることもあったけど、だからって仕事が減るわけじゃ勿論なかった。


今のプロジェクトは3人と小規模で、リーダの湯川ゆかわさんは半分くらいは客先に行っているので、ビジネスパートナーの池野いけのさんと私の2人だけってことも多い。


その代わり、湯川さんが社内にいない時に問題が起こったら、グループリーダである磯山さんに相談してもいいってことになっているので、困ったら頼れる人はいる。


その日は、朝から動作検証用の環境を池野さんと2人で作っていて、昼を過ぎた時間には完全に行き詰まっていた。


サーバに動作検証をするアプリケーションを載せて、起動しているのに、ブラウザからURLを叩いてもアクセスできないのだ。


「磯山さん、動作検証用の環境を作ったんですけど、アクセスできなくて……どうしたらいいでしょうか?」


「エラー内容は確認したのか?」


「起動ログは出てるんですけど、エラーログは出てません」


そんなはずはないだろ、と磯山さんもイスに座ったままで私の席まで移動をしてきて、3人で環境を覗き込む。


「確かに起動ログだけしか出てないな」


磯山さんは普通のおじさんって感じの人で、格好良さはないけど親しみやすさがあるので、上司と言っても話しやすい人だった。


「でも、アクセスできないんですよね」


再度ブラウザを立ち上げて、起動したアプリケーションを表示しようとしても、エラーになって表示はされない。


それから磯山さんのアドバイスを受けて幾つか試してみるものの、どれも成果は出なかった。


それで、磯山さんは顎に手をやって長考モードに入ってしまう。私と池野さんは、磯山さんから指示されたことを、ちょっとずつ設定を変えて試すものの、結果には結びつかなかった。


戸叶とかの、今ってちょっと時間あるか?」


磯山さんがちょうど通りがかった女性に声を掛けて、名を呼ばれた人、戸叶さんは足を止める。


「大丈夫ですけど、何か?」


戸叶さんは3グループの人で、顔と名前が一致していたのは、数少ない女性社員だったからだ。


入社した時に少しだけ話をしたことがあるだけだったけど、戸叶さんはちょっとのんびりした雰囲気の笑顔が優しい人だ。


「構築した検証環境にアクセスできなくて困ってる。オレも見たんだが、さっぱりわからん。ちょっと見てやってくれないか?」


戸叶さんは別のグループだけど、ずっと社内にいる人なので、磯山さんとも交流はあるのかな。


しょうがないですね、と言いながら戸叶さんが、しゃがんで私のPCを覗き込んでくる。


先輩を中腰にさせて自分だけ座ってるなんてできなくて、立ち上がって戸叶さんに席を勧める。


「大丈夫だよ。じゃあ、半分ずつ座る?」


女性同士だから言えることで私はその言葉に押し負けて、半分だけ腰を乗せて、すぐ隣の戸叶さんに状況の説明をしていく。


戸叶さんの年齢は知らないけれど、30代前半くらい。左の薬指に指輪をしているので、恐らく既婚者なのだろう。


戸叶さんは、モニターの画面を指さししながら、ちょっと考えてはキーボードを叩いて行く。


私なら調べながらでないと詰まってしまうようなコマンドを、戸叶さんは迷いなく黒い画面に打ち込んで行く。


見た目は戸叶さんはSEに見えないけど、手の動かし方を見れば頼れる人なんだと感じる。


「これ、かな」


設定ファイルを開いて、設定値を変更すると、戸叶さんはサーバの再起動コマンドを叩く。


キーボードだけで画面をブラウザに切り替えて、F5ボタンを押すとブラウザのリロードが走る。次いで、画面は切り替わって構築したアプリケーションのログイン画面が表示された。


「出ました!!」


「よかった。設定が1カ所漏れていたみたい。よくやっちゃうんだよね」


「有難うございます」


私たちが2時間近く悩み続けていたトラブルを、戸叶さんはほんの10分くらいで解決してしまった。


私なんて手順書通りに構築するので精一杯なので、戸叶さんはすごい人なんだ、とそれで記憶する。


「ワタシもコマンドなんて叩くの久々だから自信なかったけど、何とか分かる範囲で良かった」


「こういうことは今はされてないんですか?」


「専ら設計書書く方になっちゃったからね」


システムを作るには、まず設計をしてからプログラムを作る流れになる。設計は経験を重ねた人がやることが多くて、若手はプログラムを書くことが多い。


戸叶さんの今のプロジェクトでの立場は知らないけれど、技術に強い人でなければ設計中心になっていてもおかしくない。


「戸叶、呼び止めて悪かったな」


「コーヒーでいいですよ」


磯山さんと戸叶さんは心易い関係なのか、そう言って笑いながら戸叶さんは自席に戻って行った。


「戸叶さんと仲いいんですか?」


「そういう変な言い方やめろ。ただ、昔一緒の現場で仕事をしていただけだ。元々あいつは1グループだったんだ」


そういうことを想像して言ったわけではなかったけど、どうやら上司は過敏に反応したようだった。


「グループ移動ってあるんですね」


「社内で開発したいからって、グループを移動したんだ」


「そういうのあるんですね」


「まあ、グループも色々変遷してるからな」


過去のグループ構成には興味はなく、まずは仕事が進められる状況になったことを喜んで、私はモニターに視線を戻した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る