第10話 what's your type?

「わたしの好み?」


向かいに座る成ちゃんに好みを尋ねると、想像もしていなかった的な顔で尋ね返される。


「ルックスが大事とか、そういうの」


成ちゃんは言葉自体は理解できたようだったけど、長考に入ってしまう。こういう質問は聞かれ慣れていないのかな。


「……見た目はそんなに気にしたことないけど、強い人かな」


成ちゃんは逞しい人が好みなのか、と意外に感じる。


それは、成ちゃんに体育会系なイメージがないからだけど、相手に自分にはないものを求めるってこともよくあるので、人の好みは人それぞれだろう。


「明梨、体のことじゃないからね。自分をしっかり持っていて、悩んでいたら手を引っ張って行ってくれるような人ってことだから」


「なんだ。成ちゃんが筋肉フェチなのかなって思っちゃった」


成ちゃんが否定をして、ちょっと安心する。差別する気はないけど、成ちゃんと筋肉むきむきの人が並んでいるのを想像して、ギャップの激しさにすぐに頭からかき消す。


「どっちかって言うと、趣味が筋力トレーニングって人は、つきあってトレーニングとか絶対無理だから避けたいかな。明梨はどうなの?」


成ちゃんに切り替えされて、ちょっと悩んでから口を開いた。


「私は今はどうなんだろう。彼氏もいないし、ときめき的なものもないんだよね。TVでこの俳優さん格好いいとかは思うんだけど、一貫性はないかな」


「そうなんだ。明梨は、葉山はやまくんと付き合うのかなって思っていたけど、何もなかったの?」


葉山くんは去年退職した同期で、今は同じ会社にはいない。


私の中では取り立てて仲が良かったというわけでもなかったので、どうして葉山くんの名前が出て来るかと首を傾げる。


「……気づいてなかったんだ、明梨。葉山くん、明梨のこと好きだったよ」


「うそ……」


「確証はないけど、多分」


「だって、グループに配属になってからは、会社に戻ってきた時くらいしか、話もしなかったよ。それに成ちゃんの方が可愛いのに、おかしくない?」


私は自分の容姿は、至って普通で、どこにでも居そうな顔だと思っている。成ちゃんは入社した時は黒髪のストレートだったこともあって、ちょっと近づきにくい雰囲気はあったけど、クールな美人だ。


今は髪を染めたこともあって、そのクールさが可愛いに寄ってきているので、この前戸叶さんが言っていたように、成ちゃんを気にしている男性はいてもおかしくない。っていうか、普通にもてるだろう。


「わたしは、葉山くんとは性格的に全然合わなかったからね。同じグループにいても、話をすることがほとんどなかったくらい。それに、わたしよりも明梨の方が誰とでも上手くやれるし、付き合っても楽しいんじゃないかな」


「私、もっとノリがいいかと思ったって言われて、振られたことあるよ」


ごめん、と成ちゃんが目を伏せて、私は久々に大学時代のことを思い出す。あれはあれで良かったと、今は後悔もないけど、あれ以来恋愛から遠ざかっているのは事実だ。


「好きになったり、なられたり、ってなかなかみ合わないよね」


「クローンとか作れればいいのに、とか思っちゃうんだよね」


「…………成ちゃんって、結構過激なんだ。でも、それだけ失恋したって人を好きだったってことだよね?」


それに成ちゃんは、緩く頷きを返す。


そんなに好きなら、恋人ができる前に告白しちゃえば良かったのに、って思うけど、告白するのもいろいろ覚悟がいる。


「まだ、好きなんだよね?」


「一生忘れられないとは思ってる」


流石にクローンが欲しいと言うだけあって、成ちゃんは思い詰めるタイプのようだった。


でも、それって成ちゃんが辛いだけだ。


「忘れろとは言わないけど、同じくらい好きになれる人がいるかもしれないんだから、もう恋はしないとか、諦めちゃ駄目だよ」


「うん。そうだね……でも、明梨がちょうど社内に戻って来てくれたタイミングで、良かったって思ってる。あの時、明梨が泊めてくれなかったら、わたしは次の日に出勤することもできなかったから」


成ちゃんの言葉は、成ちゃんが失恋してトイレに籠もっていたあの日、私のお節介が無意味ではなかったということなので、少し嬉しい。


「成ちゃん、成ちゃんに恋人とか、心を許せる人ができるまでの間、嫌なことがあって愚痴りたいとか、泣きたいって時は、私に連絡してきてくれたらいいよ」


私は人を支えられるような存在じゃないけど、誰かに話せば辛いことも落ち着くってことがある。そのくらいの役回りなら私でもできるかな、と言葉にだした。


「それ、明梨に迷惑なだけでしょ?」


「暇人だから、別にいいよ。成ちゃん、危なっかしいんだもん。入社した時はもっときりっとしてたよね?」


その言葉に一瞬成ちゃんの表情が消える。まずいことを言ってしまったんだろうか、と胸に細い針が突き刺さるのを感じたけど、すぐに成ちゃんの表情は平静に戻る。


「慣れない環境で緊張していたから、じゃないかな」


「それはあるね。私なんて、プログラムが書けないって、毎日悲鳴上げてたしね」


「今は書けるようになった?」


「なるでしょ、流石に。でなかったら、クビになってるよ、私」


そうだね、と成ちゃんと笑いあって、それから先は新人の頃の話で盛り上がった。

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