第9話 映画
土曜日の午前中に、私は珍しく電車に乗っていた。
事の発端は社員旅行の相談で、大木さんの元に成ちゃんと相談に行ったことだった。
相談自体は大木さんが調整しておくから、と請け負ってくれたのですぐに解決したんだけど、帰ろうとした所で大木さんに差し出されたのが映画の招待券だった。
営業先でもらって来たものらしく、2枚しかないから、と成ちゃんと私にくれたのだ。
私は前に映画を見に行ったのが学生の頃という縁遠さなので、成ちゃんに2枚譲ると言ったのだけど、成ちゃんは成ちゃんで2枚もあっても困る、という主張だった。
そんなわけで、招待券の有効期限もそれほど余裕はないし、成ちゃんと待ち合わせて映画に行くことになったのだ。
土曜日なんて、いつもお昼近くまでだらだらしているので、午前中に出かけるなんてまずない。そのせいか眠気がまだ残っていて、電車の扉におでこをつけながら私は目を閉じた。
大学を卒業したばかりの頃は、大学時代の友人とも集まることはよくあったけど、最近では年に1回あるかないかになっている。
私が社交的でないっていうのもあるけど、今はほぼ仕事と職場の往復しかない生活になっている。
趣味を聞かれても「寝ること」くらいしか思いつかないくらい。
目を瞑って意識を手放している間に目的の駅は近づいていたようで、アナウンスで流れてきた駅名は下車する予定の駅だった。
成ちゃんとは目的の映画館が入っているビルの入口で待ち合わせをしているので、電車を降りてからはスマホ片手に集合場所に向かう。
ちょっと道に迷って、なんとか約束の時間ぎりぎりに到着する。
待ち合わせ場所はビルの入口付近だったけど、隅っこに立っているところが成ちゃんらしい。
「成ちゃん、おはよう。間に合ってよかったぁ」
「おはよう、明梨。迷ってたの?」
「ちょっとだけね。成ちゃんは早くに来てたの?」
「10分くらい前かな。じゃあ、上がろう」
成ちゃんの先導でエレベーターホールに向かう。同じように映画館に行くのだろう人でエレベーターホールはいっぱいで、1回目を乗り損ねて、2回目でやっとエレベータに乗ることができた。
映画館のあるフロアに着くと、フロアも上映待ちだろう人で溢れている。
こっち、と成ちゃんに手首を引っ張られるままにカウンターの列に並んで、招待券で目的の映画の席を確保する。
成ちゃんは誘う人がいないって言ってたけど慣れた風なので、この映画館には誰かと来たことがあるのかもしれない。
定番のポップコーンとドリンクのセットを買ってからシアターに入って、チケットに記載された席に腰を落ち着ける。
「結構混んでいそうだね」
「今日は土曜日だしね」
「私、配信でいいやって思っちゃう方だから、映画館に来たのはすごく久々なんだよね。成ちゃんはよく来るの?」
「誘われた時に、時々来るくらい」
「それで映画館に慣れていたんだ」
「明梨は一人だと映画のチケット買うのも手間取っていそう」
「私だってそのくらいできるハズ。分からなかったら人に聞けばいいし」
「やっぱり人に聞く前提じゃない」
反論を出そうとしたところで、照明が落ちてスクリーンに予告が流れ始めたので、私は口を噤んだ。
映画は、簡単に言えば青春恋愛ものだった。
招待券で選べた映画の中で、これが一番話題作だったし、これにしようと選んだのも私だったけど、恋愛ものに感動できるタイプじゃなかったことを、映画が始まってから思い出していた。
私はどっちかっていうとエンターテイメントや、バラエティの方が相性がいい。
でも、成ちゃんは真剣にスクリーンを見ていて、目元を拭う様が視界に入る。
私には当たりの映画じゃなかったけど、成ちゃんが感動できたなら、それは個々の感性の問題だ。
エンドロールが流れ終えるのを待ってから腰を上げて、まずは映画館を出る。
このまま解散をしてもいいんだけど、折角休日に会ったんだし、お昼時だし、とどこかでランチをしないかと提案する。
それには成ちゃんも応じてくれて、手近なレストランに2人で入った。
「さっきの映画、成ちゃんならどっちを選んだ?」
今日見た映画のあらすじは、
主人公の女性は、高校時代に好きだった先輩の
不破とはいい雰囲気になるものの、夢を追い掛けたいから付き合うことはできないと言われて失恋する。失恋した主人公を支えてくれたのが、不破の親友である柊で、2人で会う機会が増える中で
映画のラストで、その告白を受けるかどうかの選択を主人公はする。
好きな人を追い掛け続けるか、自分を愛してくれる人を取るかの選択は、恋愛ものの定型の一つだ。
「わたしは、やっぱり好きな人を追いかけ続けたいから、不破先輩かな。明梨は?」
そう返されて、逆に悩んでしまった。
多分私は不破先輩を追いかけて大学に行くなんてしないだろう。
とはいえ、そこを除いて考えると、
「私は柊さんかな。振られたのに不破先輩を想い続けるのができなさそう」
ふと、成ちゃんが選んだ選択肢に成ちゃん自身の経験が重なる。
戸叶さんとの飲み会の時に成ちゃんは好きな人はいないと言っていたけど、やっぱり失恋した相手をまだ思い続けているのかもしれない。
「柊さんの方が幸せになれそうだよね」
「わかんないよ。パート2とかになったら、柊さんと上手く行かなくなっている中で不破先輩と再会して、また好きだった気持ちが蘇ってくるとかありそう。結婚後かもしれないね」
「パート2、思いっきりドロドロになってるじゃない」
「話題性を集めるには、そのくらい刺激は必要なんじゃない?」
「明梨は不倫を許容できる方?」
「……リスクを冒してまでやるなんてバカだなっとしか思ってなかったけど、もしかして成ちゃん……」
「してない。告白もできずに失恋したって言ったでしょう」
成ちゃんの冷たい視線に、私は条件反射的に謝りを出す。
「わたしの恋は、パート2がやってくることもなく終わるしかないから」
「それを他の人で埋めようって思わないのは、成ちゃんが、好きじゃないと付き合いたくないからだよね?」
それに成ちゃんは頷きで肯定する。
「わたしは弱いから、誰か傍にいて欲しいって思うけど、それは誰でもいいわけじゃないんだよね」
「成ちゃんの好みってどんな人?」
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