第8話 女子会

うちの会社は毎週水曜日が定時退社日になっているので、翌週の水曜日が女子会の日になる。


場所は戸叶さんが予約してくれて、楽しみにしながら終業時間が来るのを心待ちにしていた。


「すみません。すぐに追いかけるので、先に行っておいてください」


会社の出入り口で待つ戸叶さんと成ちゃんにそんなことをいう羽目になってしまったのは、終業時間直前に掛かって来た電話だった。


お客さんから掛かってきた電話は、至急磯山さんに連絡を取りたいというものだった。


でも、今日は磯山さんは社内にいなくて、磯山さんの携帯をコールしてみるものの電話に出てくれなかった。


定時退社日でみんな定時に帰ろうとするだろうし、磯山さんへの連絡を誰かには託せず、間を開けて私はコールを続けている。


移動中だったら電話に出られないこともあるし、と磯山さんにメールでも連絡を入れる。


会社で支給されているスマートフォンは、外からでも社内のメールが見られるようになっているので、気づいてくれることを願うしかない。


戸叶さんと成ちゃんが退社して10分くらいが過ぎて、もう2人はお店に着いたかもしれないと、成ちゃんに「始めておいて」とメッセージを入れておく。


こんな日に運が悪い。


「まだ時間かかりそう?」と成ちゃんから返信があって、上司に連絡を取るくらいなら会社でなくてもできるはずだ、と店に向かうことを決めた。


手早くデスク周りを片づけて、会社を出ると、駅とは違う方向に足を向けた。


戸叶さんから聞いてたお店に入る直前で、私の携帯が鳴って、相手はお待ちかねの磯山さんだった。


お客さんからの伝言をさっと伝えてから、私は店の暖簾をくぐった。





「明梨、こっち」


店に入って、店内を見渡していると、成ちゃんが私を見つけてくれて、手を振ってくれる。


2対2の4人掛けのテーブルに向かうと、戸叶さんと成ちゃんが向かい合って座っている。


こういう場合、戸叶さんは年長者だし、同期である私と成ちゃんが2人で座るべきだな、と成ちゃんに奥に寄ってもらって、隣に腰を掛けた。


「八重垣さんはビール? 他のがいい?」


「ビールで大丈夫です」


戸叶さんと成ちゃんの分のドリンクは既にテーブルにあって、戸叶さんがあっという間に店員さんを捕まえて追加のオーダーをしてくれる。


戸叶さんって、本当に段取りも行動も素早い。


「仕事、大丈夫だったの?」


「大丈夫です。上司に至急連絡を取りたいって定時直前にお客さんから連絡が入って、なかなか磯山さんが捕まらなかっただけなので……遅れてすみません」


「八重垣さんのせいじゃないんだから、謝らなくてもいいよ。じゃあ、始めようか」


私の分のビールもちょうど到着したので、ジョッキを抱えて3人で乾杯する。


「「「お疲れ様です」」」


まずは喉を潤してから、料理は私が来るまでの間に適当に頼んでおいてくれたらしいので、そのままトークタイムに突入する。


「戸叶さんから、いきなり『八重垣さんと3人で女子会しない?』って言われて、グループも違う明梨……八重垣さんの名前が何で出て来るんだろうって、びっくりしましたよ」


まず口を開いたのは成ちゃんだった。いつもは私のことを名前で呼んでるけど、戸叶さんがいるので姓の方で言い直す。


「この前、八重垣さんが環境構築で詰まってて、ヘルプで呼ばれたんだよね。で、話しをしていたら、八重垣さんは成瀬さんの同期だって聞いたから、折角だし、久々に成瀬さんとも飲みたいなって思ったの。プロジェクトが別々になってから、飲みに行くこともなくなったでしょう?」


「じゃあ、前はよく2人で行ってたんですね」


戸叶さんの口調は、成ちゃんにむけての方が砕けていて、同じプロジェクトをやっていたこともあって打ち解けていることが知れる。


成ちゃんが仕事とプライベートを分けたいって思っていても、戸叶さんのこの押しの強さというか、フレンドリーさに押し負けて仲良くなった、なのかも。


「だって、お酒は誰かと飲んだ方が楽しいでしょう?」


「もしかして戸叶さんは酒豪だったりします?」


社会人になって、見た目と酒量は必ずしも一致しないことを学んだので、一応確認しておく。


「大丈夫。大丈夫。戸叶さん、ビール3杯くらいが限界だから」


「そうなのよねぇ。美味しいんだけど、たくさん飲めないのよね。成瀬さんみたいに幾ら飲んでも変わらないになりたいんだけど」


成ちゃんの言葉に戸叶さんも同意する。成ちゃんは戸叶さんの酒量を把握するくらいには、一緒に飲みに行っているってことになる。


「成ちゃんって、お酒強かったっけ?」


「どこまで飲めれば強いになるかは分からないけど、飲み会で意識を無くしたことはないよ」


「酔っ払った成瀬さんを見たいって、飲み勝とうとしていた子を返り討ちにしてたよね」


「あれは自滅した、ですよ」


あれ? 成ちゃんの方がザル?


「そうだけど、そう言い切るところが成瀬さんだよね。彼女欲しい層が、付け入る隙が欲しいって言ってるよ?」


「成ちゃんもてるんですね」


成ちゃんは、シンプルなファッションが多くて派手さはないけど、意思の強さを示すような一重の瞳が印象に残る。成ちゃんの纏う繊細な空気感が、薄氷なのかガラスなのか、つついてみたくなる男性はいるだろう。


「女子会らしくなってきたね。何人かは気にしてそうな視線向けてるのに、つれないのよね」


「興味ないですから」


突き放すような成ちゃんの言葉はいつも通りだ。でも、その言葉からこの前失恋したと言っていた相手は、それ以外の人なのだろうと推測する。


「八重垣さんは恋人いないの?」


火の粉が隣に座る私にも飛んで来た。


「私は社会人になってからは全然です。男性が多い職場ですけど、仕事を一緒にする人にしか見えないんですよね」


これは真実だけど、私は今は恋をすることにも恋人を作ることにも消極的だったりする。


「確かにね。同じ職場で恋愛してる人もいるにはいるけど、逆に見え過ぎちゃってっていうのもあるのかもね」


「じゃあ、戸叶さんは職場恋愛じゃないってことなんですね?」


「うん。製造メーカーで設計やってるから、似てる部分はあるけど違うよ」


「どこで知り合われたんですか?」


「普通に友達の紹介。そろそろ適齢期だし、考えないとなぁって思っていたから、一回付き合ってみようかになって、そのまま結婚したになるかな」


戸叶さんは男女分け隔てなく好かれそうなタイプなので、あっさり結婚まで行ったのも頷ける。こういうことって、社会人になると上手い人と下手な人がはっきりするような気がしている。私は後者だから余計に思うのかな。


「ワタシの話より、2人の恋バナを聞きたかったんだけどな」


「私は力不足です。成ちゃんは、自分が好きにならないと入り込めなさそうかな」


「それ、分かる〜 なんか構えてるよね、成瀬さんって」


「わたしは、今は好きな人はいませんし、募集もしてませんから」


あれ? もう成ちゃんは失恋をふっきれたってことなんだろうか? それとも戸叶さんに突っ込まれないため?


結局それ以上恋バナは盛り上がらず、話題は社内の情報交換に移った。


女性が3人揃うと姦しいとは言うけれど、話しは盛り上がって、お酒も進んで行く。


「戸叶さん、もう3杯飲みましたよ」


戸叶さんのビールジョッキが空いて、手を上げて店員さんを呼んだのを、成ちゃんは見逃さない。


「あと1杯だけにするから、駄目?」


「駄目です。ウーロン茶にしてください」


成ちゃんに睨まれて、渋々戸叶さんはウーロン茶を注文する。


「成ちゃん、厳しい」


「OKして、ふにゃふにゃになって、帰れなくなったことあるから戸叶さん」


「あったね」


「それでどうしたんですか?」


「ん……目が覚めたら、近くのビジネスホテルで、起きるなり成瀬さんに説教されちゃった」


それは成ちゃんが目くじら立てる理由が分かった気がする。


「まだ、新婚なんですから、終電逃すは駄目ですからね」


戸叶さんは不満げだったけど、戸叶さんの頼んだウーロン茶をラストオーダーにして、女子会は10時過ぎに「またやろうね」で閉じた。

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