第14話 金曜日
成ちゃんの隣の席になって変わったことは、お昼を一緒に食べるようになったことだった。
一緒にって言っても、単に隣に座ってるってだけだけどね。
私はお弁当持参で、成ちゃんはコンビニ派。よくパスタを食べているのは知っている。
「明梨が毎日お弁当作ってるのすごいよね。わたしは朝からお弁当を作るなんて絶対無理だな」
「お弁当って言っても、冷凍食品を安売りの時に買ってきて、詰めるくらいしかしてないよ。コンビニで買うと500円以上はするじゃない」
「そうなんだよね。カロリーと値段を見比べながら買ってる」
「カロリー気にするんだ、成ちゃん」
背は私より成ちゃんの方が少し低いだけ。でも、その差がちょっとって思えないくらいに成ちゃんは華奢だ。
「するよ、油断するとすぐに太るから」
あと数キロくらいは増やしてもいいんじゃないかな、とは思ったけど、口にするのはやめておく。
成ちゃんはいつもメイクもきっちりしているし、服装もややおとなしめだけどオフィスカジュアルを守っている。報われない恋でも、ちょっとでもその人に自分を可愛く見せたくて、頑張っている気がしていた。
私は最低限人前に立てるくらいの服装と、メイクを軽くしているだけなので、女子力の違いは歴然だった。
「成ちゃんって手を抜くってことないよね?」
「そうかな。むしろ手の抜き方が分からない不器用な性格だって思ってるけど」
「……確かに。でも、そういうところが成ちゃんの可愛さなんじゃない?」
「そうかな」
半信半疑な返事だったけど、成ちゃんのことが気になっている男性は、きっちりしていそうで危なっかしさもある成ちゃんに惹かれてる気がした。私も恋愛感情じゃないけど、成ちゃんには放っておけなさを感じていたりするしね。
その日は金曜日ということもあって、定時を過ぎるといつもより緩んだ空気がオフィス内には漂っていた。雑談をする人の声も明るくて、飲みに行くか、と声が上がっているチームもいる。
そんな中、残業モードの私は、元のプロジェクトの状況を話したいと、磯山さんに打ち合わせコーナーに呼ばれていた。
お客さんからの要件提示のタイミングはまだ伸びそうで、もしかするとレンタル期間は多少延びるかもしれないという話だった。要件が提示されないと設計作業にも入れないし、今やっているプロジェクトはまだ人手が欲しい状況なので致し方ない所はある。
池野さんの作業がなくなるんじゃないかは気になったけど、それは磯山さんが何とかするってことだった。
今、ヘルプで入っているプロジェクトは、開発の過渡期で忙しさはあるけど、チーム内の雰囲気は悪くない。乗りかかった船だし、残業が多くてもまだ我慢はできた。
そんなことを考えながら、私は今の作業用のデスクに戻った。隣の成ちゃんはコンビニにでも行ったのか、席を外していた。
成ちゃんが席に戻ってきたのは19時過ぎのことで、戻ってきたことはちらっと確認したけど、すぐに作成中のプログラムに視線を戻した。
今日中に何とかこの機能のプログラミングは終わらせたくて、モニターに集中する。
入社した頃は苦手だったプログラミングも、今はプログラムを書いている作業が一番楽しかったりする。
一通りプログラムを書き終えて一息つくと、社内に残っているのはPLの秋本さんと成ちゃんと私の3人だけになっていた。
きりもいいし、今日はここまでにしようとPCをシャットダウンして、帰り支度を始める。
「成ちゃんはまだ残るの?」
成ちゃんに何気なく声を掛けると、その反応がいつもと違うことに気づく。
「どうしたの?」
心許なげな成ちゃんにもう一度声を掛けて、やっと成ちゃんから反応が返ってくる。
「明梨、もう帰るの?」
「うん。きりのいいところまで進んだから。成ちゃんもそろそろ切り上げなよ」
PMから指示が出ている『残業は21時まで』に、あと10分で達する。
「そうだね」
成ちゃんは、独り言のように頷く。
「調子悪いなら、無理して続けない方がいいよ」
成ちゃんは頑張りすぎてしまう性格なので、そう伝えてから私は会社を出た。
昼間の暑さが21時を過ぎた時間まで残っていて、帰ったら家の中はサウナ状態だろう。
今日は面倒だから、もう素麺で済ませようかな、と思いながら駅までの道のりを辿る。
「明梨!」
駅にもう少しで着くという所で、背後から声が掛かって私は足を止める。
相手を確認しなくても、声から成ちゃんだとは分かった。
「お疲れさま。どうしたの?」
振り返ると小走りに駆けてくる成ちゃんの姿がある。
でも、私と成ちゃんは帰宅する方向が違うので、わざわざ追い掛けて来ても、一緒に帰ろうにはならないのに、どうしたんだろう。
「明梨、今日は明梨の部屋に泊まりに行っていい?」
私の問いに対する成ちゃんの返事に、私は変な声を上げてしまった。
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