第15話 2度目のお泊まり

成ちゃんの泊まりに来たいという問いに、急に言われても何も準備できてないし、って思いはあった。


でも、成ちゃんの顔はいつもと違う緊張があるように見えて、何か私に相談したいことがあるのだろうと気づく。


それに、少し前に成ちゃんと遊んだ時に、何かあれば相談に乗るって言ったのは私だ。


「いいよ。それなら、さっき言えば良かったのに」


「あの後思い立ったんだから、しょうがないじゃない」


私が切り上げるって話し掛けた時に言ってくれていれば、少なくとも成ちゃんは私を追い駆けてくる必要はなかったはずだ。


「じゃあ、行こうか」


成ちゃんに声を掛けてから改札をくぐって、私はいつものホームに向かう。違うのはすぐ後ろに成ちゃんがついてきていることだけだ。4月の時は私が強引に手を引いて連れて帰ったけど、今日の成ちゃんは自分の意志でついて来ている。


「そういえば、この前通勤中に戸叶さんとこの電車でばったり会ったんだよね。いつもは違う路線らしいんだけど、たまたま実家から直接出勤したって言ってた」


すぐにホームに到着した電車に乗り込んで、座席の前に並んで立つ。つり革を片手で掴みながら、ふと思い出したことを口にした。


「戸叶さん、そういえば前はこの路線だった。飲みに行くと戸叶さんの方が終電が早いから、よくこの路線の終電時間検索したよ」


「成ちゃんと戸叶さんって、後輩と先輩なのに、成ちゃんの方が戸叶さんの世話を焼いてるよね」


「飲んじゃうと危なっかしいから、あの人」


それは私もこの前戸叶さんと一緒に飲んだので、よく分かった。


戸叶さんとの飲みは楽しいけど、一人で帰して大丈夫かなって心配になる。


「でも、飲みに行ってる時以外は、いろいろ教えてもらったし、先輩として尊敬してる部分もあるからね」


「それはこの前私も助けてもらったから分かる。女性でもチームの主力ってなんかすごいよね。でも、成ちゃんももう十分チームの主力だよね。レビューもしてるし」


成ちゃんがレビューをしているメンバーは私を含めて3人いる。それは成ちゃんが信頼されて、そのポジションを任されてるってことだった。


それなのに成ちゃんは素っ気ない。


「わたしが社員だからってだけだよ」


「そんなことないよ。私も新人の頃に比べたらプログラムを書けるようになったのに、この前のレビューで成ちゃんは、ぱっと見ただけでバグを見つけたじゃない」


「たまたま前に同じようなバグを見つけたことがあるからなだけだよ」


「そうかな〜」


普段は年齢もポジションも違う人と仕事をしているから、横並びで見て自分はどうか、なんて考えることはない。私は私でできることを精一杯やってるつもりだけど、成ちゃんと一緒に仕事をして、自分はまだ成ちゃんに追いつけてないってことに気づいた。


成ちゃんにライバル心があるとかじゃなく、事実として受け止めただけだけど。


私は役職者になるとか、そういう高い目標を持ってるわけじゃない。


自分が食べて行けるように仕事をしないといけない、ってくらいの考えがあるだけで、平凡な人生でが送れればいいんだけど、どのくらいであれば平凡な人生って送れるんだろう。




最寄り駅で電車を降りてから、コンビニに行きたいという成ちゃんに付き合って、コンビニに寄ってから家に帰り着く。


エアコンのタイマーをセットして出かけるなんてこともしないので、扉を開けた先の私の部屋は外以上に蒸し暑さで充満している。


まずはエアコンを点けてから、冷蔵庫から麦茶のポットを取り出して、成ちゃんと私の2人分をガラスコップに注ぐ。


「ごめんね、暑い部屋で」


部屋の片隅に立ったままの成ちゃんに、コップを手渡して座ることを勧めた。


「ありがとう。もう深夜になろうとしてるのに、もうちょっと涼しくなってくれてもいいのにね」


「成ちゃんはクーラーって点けて寝る派?」


「梅雨が明けてからはそうかな。明梨は点けないの?」


「流石にそれは無理でしょ。扇風機もこの部屋にはないしね。一応タイマーで寝るけど、途中で起きてエアコン入れちゃうから、点けっぱなしと変わらないよ」


それでも往生際悪く、私は毎回タイマーをセットして、夜中に暑さで起きるを繰り返している。


「実家はこんなに暑くなかった気がするんだけど、この町だと開けっぱなして寝るなんてこともできないしね」


「そうだね。夜ご飯素麺にするけど、成ちゃんもそれでいい?」


「うん。手伝うよ」


「大丈夫。茹でるだけだから座って待ってて」


1Kの部屋のキッチンは当然ながらこぢんまりとしていて、2人でキッチンに立つことは難しい。お湯はすぐに沸くだろうし、できあがる頃には少しは部屋も冷えているだろう。


素麺を茹でて、ローテーブルに運んでから、向かい合って『頂きます』をする。


「明梨ってお弁当もだけど、夕食も毎日きちんと作ってるんだね」


「きちんと作ってるって、今日は素麺だよ? 茹でただけ」


「わたしはすぐに買って帰る方に手を抜いちゃうから。明梨って、ルーズそうに見えて、そういうところしっかりしてるよね」


「だって、一人暮らしだと誰も作ってくれないじゃない」


「そうだけど、わたしは自分で動くのにも手を抜いちゃうからね。大学時代はもっと自炊してたんだけど、社会人になってからは全然できてないよ」


私は大学の頃と生活サイクルは変わった部分があっても、家事は自分が生きて行くために必要だから、何が変わったというわけでもない。でも、成ちゃんは違うらしい。


「大学時代とってそんなに生活変わったの?」


「普通変わるんじゃない? 毎日疲れて帰ってきて、朝もきっちり起きないといけないし、自分が許せる部分は手を抜こうになるよ」


「それが成ちゃんには料理なんだ」


確かに疲れて帰ってきて、料理を作るのはしんどい。


でも、一人暮らしで惣菜を買ってもお弁当を買っても、量が多いから買うのがもったいないのは、私が貧乏性なだけかな。


「そう。でも、掃除はちゃんとしてるからね」


「それはよかった。成ちゃんって、時々TVでやってる一見普通に見えるけど、片づけられない人なのかなって思っちゃった」


「……わたしの言葉信じてないでしょ。今度うちに泊まりに来る?」


成ちゃんが疑いの眼差しを向けてくる。


そうは見えないけど、その事実は目で見ることでしか確信にはならない。私の家にばかり泊まってるし、成ちゃんの部屋にも少し興味はあった。


「泊まりに行っていいの?」


「明梨の服、結局返せてないから返したいしね」


「そう言えば、貸したままだった」


大学時代はよく友人の家に泊まりに行ったりしたけど、社会人になってからはそういうのもなくなった。


大学時代の友人達とはもう縁遠くなっているし、社会人になったら、同期と泊まり合ってもおかしくないよね?

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