第13話 レビュー

成ちゃんのチームに2週間のレンタルになって、初めは開発環境の準備をするのに時間が掛かったけど、一旦環境ができてしまえば、開発しているプログラム言語も同じで、進め方がわからないってことはなかった。


それに、質問しやすい成ちゃんが隣にいるのも大きい。


このチームのメンバーは8人。社員は、プロジェクトマネージャ(PM)の大石おおいしさんとプロジェクトリーダ(PL)の秋本あきもとさんと成ちゃんの3人で、後はビジネスパートナーの人が5人いる。その中の一人が急遽入院することになったので、今は4人になっているけど、まだ顔と名前が完全に一致していない。


このチームでの私の役割は、緊急入院になった田中たなかさんって人の作業を引き受けることだった。とはいえ、私が入った時点で5人日、つまり1週間分が未消化のまま残っていた。


私が2週間でその5人日分までリカバリをするまでは難しいだろうと、溜まっていた分は成ちゃんとビジネスパートナーの中ではリーダになる伊東いとうさんが半分ずつ引き受けてくれている。


なので、WBS上では10人日分の田中さんの作業が私の名前に今はなっている。


私の作業は、設計書を元にプログラムを書いて、単体テストと呼ばれる作成したプログラム内のテストをすることだった。既に作成が終わったプログラムもあるので、それを参考にしながらプログラムを書いて行く。


複数人で開発するようなシステムは、フレームワークと呼ばれる基本的な機能を持つ部分を予め誰かが作っている。それを使って機能をパターン化するのはよくあることで、中身は違うけれど似通った機能が幾つも存在する。


私が今参考にしているプログラムは、プログラムソースを管理するアプリケーションのログにNaruseとあるので、成ちゃんが作ったものらしい。


プログラムコードはお手本のように無駄なく書かれていて、コメントも多すぎず少なすぎずで分かりやすい。


新人の頃から成ちゃんはプログラムを書くのが得意だったけど、更に磨きが掛かっていた。


「成ちゃん、1本目できたから、レビューをお願いします」


設計書にしろ、プログラムにしろ、テスト仕様書にしろ、作った後はレビューをするのが基本だ。このチームではそのレビュー担当は秋本さんと成ちゃんで、手分けして他のメンバーの分をレビューしている。


田中さん分は元々成ちゃんがレビュー担当だったので、プログラムができてから成ちゃんに声を掛けた。


「もうできたんだ。じゃあ、きりのいいところでレビューするから、明梨は単体テスト仕様書の方に手をつけておいてくれる?」


「OK」


失恋をして、それでもその人が好きで忘れられないって言う成ちゃんの姿は、今は影も形も見えない。普段はグループが違うから、どういう仕事をしてるかなんて話はしないけど、成ちゃんはPLとまではいかなても、自分の仕事は自分でできるし、メンバーのレビューもこなせるSEになっている。


私の方が、自分のことをやっとできるくらいなので、相変わらず私は成ちゃんの後ろにいる。


これだけ仕事もできるんだから、もっと自分に自信を持って、好きな人に告白すればよかったのに、と成ちゃんを見ると思ってしまう。受け入れられるかどうかは、相手にもいろいろ事情はあるだろうし、保証はできないけど、成ちゃんはもっと自分に自信を持っていい気がした。


テスト仕様書のテンプレートをコピーして、自分の担当の機能名をつけてファイルを開く。


でも、テスト仕様書にすぐ取りかかる気にならなくて、周囲を見渡した。


開発の過渡期ということと、田中さんの緊急入院もあって、定時を過ぎた今もまだプロジェクトメンバーは残っている。


21時までという残業のリミットはPMが設けているので、仕事をしてゾンビのように家に帰るって程にはなっていないのは幸いだった。


私は3グループの人は今までほとんど知らなかったけど、ここに来てから周囲の人は社員かビジネスパートナー、つまり別の会社の人かの区別はつくようになった。


成ちゃんの思い人はこの中の誰かなんだろうか。


PMの大石さんは40代くらいで、左手に指輪をしているので既婚者だろう。なので、大石さんの可能性はなし。


PLの秋本さんは30代かな、結婚してるかどうかは不明。でも、成ちゃんが一番よく話しをしている人だった。成ちゃんがやってる作業も気にしてくれているようで、成ちゃんの応対も悪くはない。


でも、秋本さんが仮に未婚だとしたら、成ちゃんが告白に戸惑う理由があるように思えなかった。


ビジネスパートナーの人って可能性もあったけど、それぞれがまだどういう人かは掴めてないので、何とも言えない。でも、一人は明らかに成ちゃんを気にしてそうなので、その人ではないだろう。


「明梨、今レビューしちゃうでいい?」


成ちゃんに呼ばれて、私は成ちゃんの方にイスを寄せる。


成ちゃんは私の書いたプログラムコードを取り込んでいて、マウスに乗せた指先を上下に動かしながら考えている。


自分の書いたプログラムをレビューしてもらっている間って、何を言われるか分からないから、いつも不安になる。自分では少しは成長したつもりだけど、私はプログラムを書くのに必死で、なかなかすっきり書けてないって思うこともある。


「問題なさそうだけど、ここはフレームワークで処理してくれるから、フレームワークに投げちゃっていいよ。確かこのあたりに処理が書いてあったはず」


そう言って成ちゃんはフレームワークと呼ばれる部分のプログラムコードを開く。


「ここでやってくれるんだ」


私はフレームワーク内に記載された処理と同じような処理を、自分のプログラム内でも書いていた。不具合になるって程じゃないけど、用意されたものを使う方が処理に統一感が出るし、何かあった場合に変更を加えやすい。


「そこくらいかな。後は単体テストで潰せば大丈夫」


「バグってるって言ってるよね、成ちゃん」


「そうかなって思ってるだけで、動かしてみないと確証ないけどね」


私のプログラムにバグらしきものがあるらしい。でも、どこかは成ちゃんは教えてくれないので、自分なりにプログラムを見直す。


「あ……」


「気づいた?」


「うん。直してからテストする」


「明梨が進歩してる」


「でも、成ちゃんの方が見てすぐに分かったじゃない」


私はプログラムを書き終わった後に、自分なりに目視でチェックしたはずだった。それなのに成ちゃんは一瞬で気づいて、私は気づけなかったのはちょっと悔しい。

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