第12話 席移動
「八重垣、ちょっといいか?」
昼休みに入る少し前に上司の磯山さんから私に声が掛かる。指で打ち合わせコーナーを示されたので、作業の手を止めて席を立った。
前回こうやって声を掛けられた時は、旅行委員になってくれ、というお願いだったので、今日も何かをお願いされるやつだろうかと思いながら、打ち合わせコーナーに入った。
磯山さんは気さくな人だし、1グループのメンバーは社内には少ないから、すぐに声を掛けられるのは仕方がないかな、という思いはある。
「今日はどういう用件でしょうか?」
「今やってる案件なんだが、顧客からの要件提示が遅れてる、と湯川から連絡があった」
今の仕事は、五月雨にお客さんからどういう機能を組み込むかの要件が出てくることになっていた。それを湯川さんがお客さんと調整した上で、私とビジネスパートナーの池野さんが設計をして開発をしている。
開発スケジュールは、お客さんからの要件提示タイミングも考慮して組んでいるので、それが遅れるってことは全体に後ずれすることになる。
「どのくらい遅れるんですか?」
「今の所、2週間は遅れる見込みだと聞いている」
今やっている作業は、後1週間もすれば終わる予定になっている。そうなると、要件が出てくるまでの1週間×2人の予定が空くことになる。
「休んでもいいってことですか?」
そんなわけはないよな、と思いながら口にしてみる。
「八重垣はそれでよくても、池野さんの分も空くだろ」
「そうですね」
池野さんは1ヶ月単位の契約で、こちらの事情で1週間休んでくれ、と言うのは流石に無理がある。
「それで、だ。今の残ってる分は今日中に池野さんに引き継いで、八重垣は2週間3グループの開発チームに入って欲しい」
今残っている作業は1週間×2人で10人日分。一人で作業をすれば10日、つまり2週間分になるので、次の要件が提示されるまでの間、一人はそれで空きがでなくなる。
そして、空いたもう一人、つまり私は他のグループの仕事を請け負って、自分の食い扶持は自分で稼いで来いということだろう。
池野さんに他グループの支援を2週間だけしろとは言えないけど、私は社員なので上長の指示には従わないといけない。
というか、こういう計算高く調整をするところが、磯山さんは流石グループリーダだった。
「私でできる仕事ならいいですけど」
「開発工程だから心配するな。多少スケジュールが押しているらしくてな」
「分かりました。戸叶さんのチームですか?」
磯山さんが調整しそうな相手で浮かんだのが戸叶さんで、私としても入るなら戸叶さんのところがいいな、という思いもあって口にしてみる。
「いや。別のチームだ。確か、八重垣の同期がいるって言ってたぞ」
「成ちゃん……成瀬さんのことですか?」
「ああ。場所が離れているとやりにくいから、席は今日中に3グループで用意してくれることになっている。PCと荷物を定時後にでも移動させておいてくれ」
拒否権は私にはなくて、それで明日から私の別プロジェクト支援は決定になった。
今やっている作業をきりのいいところまでやってから、その日の内に何とか池野さんに引き継ぎを終える。
池野さんは私よりもSE経験は長いので、一人でも問題なく作業は進められるだろうし、私も何かあればいつでも呼んでくださいと伝えておく。
レンタル期間は2週間と短いこともあって、PCと筆記用具の必要最低限の荷物を抱えて、一番遠くの3グループの島に私は向かった。
「成ちゃん」
成ちゃんがいる島でちゃんと会話をしたことがあるのは成ちゃんだけだったので、とりあえず成ちゃんに声を掛けてみる。
「明梨。明梨の席はここ」
そう言って成ちゃんが示したのは隣の席だった。誰かが座っていたような記憶があるけど、私のためにもしかしたら開けてくれたんだろうか。
「ありがとう」
PCを机の上に置いて、一番近い電源タップに電源を差して、LAN線を繋いでからPCを起動する。
起動待ちをしている間に、バッグも取りに戻って、戻ってくるといつものデスクトップ画面が表示されていた。
社内のネットワークにも問題なく繋がっているようなので、これで明日からの作業はできる状態になったでいいだろう。
「このプロジェクトって忙しい、よね?」
「そこそこ、かな。急に病気で長期に休むって人が出たから、その人の分どうするかって話が出ていたところ」
「そこへ、私がたまたま空いたってことか」
「わたしも詳しく聞いてないけど、そうみたい。でも、終電までとかは仕事してないから安心して」
「うん。分からなかったら教えてね」
「プログラムは今は書けるようになったって、この前言ってたじゃない」
「だからって、いきなり入ったプロジェクトは勝手が分からないでしょ」
新人研修の頃ぶりに成ちゃんの隣に座るのは、ちょっと心が騒いだ。
同期がどう成長したかって、なかなか間近で見る機会がないから、それに対する期待かな。
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