第3話 お泊まり

成ちゃんが泊まることになった夜、一緒にご飯を食べて、交代でシャワーを浴びると、もう日付が変わってしまっていた。


成ちゃんが話をしたいのであれば、聞く心づもりはあったけど、そういう空気感もなくて、そのまま寝る準備を始める。


言って楽になることもあれば、言えない事情もあるだろうし、今日私にできることは成ちゃんの傍にいることだけだ。


どっちがシングルサイズのベッドで寝るかと言う話になって、どちらも譲らず。結局2人で狭いベッドに並んで寝ることになる。


「成ちゃん、やっぱり狭いよ。私が床で寝るって」


壁側に押しやられた私は、お腹の上で手を組んだまま身動きも取れずだった。


「床で寝るなら、泊めてもらっているわたしの方でしょう?」


「それは駄目」


不毛な言い争いはベッドに入っても続いていて、でもそうすることで成ちゃんが落ち込む時間を減らせているなら、それはそれでいい気がしていた。


「なんか修学旅行みたいだよね」


「それって、もう10年くらい前の話じゃない」


「えっ!? そんなに経つわけ……経ってるか……」


今年で私は27歳になる。社会人になってからの1年はあっという間で、更に言えば私の中で自分は20歳くらいの認識だった。


「そうそう」


「何も成長した気がしないんだけど、私」


「わたしだってそうだよ」


「成ちゃん、前より大人っぽく見えるようになったよ」


「それって、わたしが老けたってこと?」


「そうは言ってないでしょ」


「明梨はあんまり変わらないよね」


「どうせ成長ないですよ」


「拗ねない、拗ねない。明梨が戻ってきてから、何か話掛けづらかったけど、明梨は変わってないんだなって安心した」


「そんなに人って簡単に変わらないでしょ」


成ちゃんが変わったように見えるのは、何かあったのか、と私は口にすることはできなかった。


それは成ちゃんが泣いていた原因に触れるかもしれないから。


「そうだね。明梨はこれからずっと社内での作業になるの?」


「まだ何とも言えないみたい。とりあえず、今のプロジェクトは上期いっぱいまでで、後は継続して契約できるかによるとは聞いてる」


「明梨は、客先と社内とどっちが仕事しやすい?」


「どうだろ。まだ、社内には慣れてないから、何とも言えないかな。成ちゃんは外に出たい?」


「それもありなのかもって、最近思ってる。ほら、わたしは社内しか知らないから、今が普通なのかどうかも分からないから」


「それは確かにあるよね。今のグループの居心地が悪いとか、嫌なこと言われたとかあったら言ってね。愚痴くらいしか聞けないかもしれないけど」


「うん……」


成ちゃんの鈍い反応から、今日泣いていた理由は、仕事関係ではない気はした。


でも、それ以上話もできなくて、「おやすみ」とすぐ傍の存在に声を掛けて、私は目を閉じた。 





翌朝、いつも通りの時間に、目覚まし時計代わりのスマホのアラームで私は目を覚ます。


私が目覚めた時間には既に成ちゃんは起きていて、「おはよう」と声を掛けられて頭が一瞬バグる。


私は大学に入った時から一人暮らしをしているので、誰かと朝の挨拶をするなんて久々のことだった。


「明梨、まだ寝ぼけてる?」


「おはよう…………頭が起ききってなかったみたい。出かける準備しようか」


「うん。明梨、ごめん、上に着る服って何か貸してもらえないかな?」


昨日と同じ服装で出勤するのを躊躇う気持ちは私も分かった。


私と成ちゃんは、そこまで体格が違うわけではないので、クローゼットから幾つか出した候補から、成ちゃんは白いシャツを選んだ。


普段見慣れている自分のシャツなのに、成ちゃんが着ると別の服のように色気が感じられる。


胸があるのとないのでは、こんなに違うものなのか、と自分の遠慮がちに膨らんだ胸に思わず手を当ててしまった。


機能としては同じだとしても、やっぱり胸が大きいと女性らしさが増す。


朝から衝撃を受けつつも、成ちゃんが悪いわけじゃないので、成ちゃんを責めるわけにはいかない。


昨晩と同じに、向かい合って朝食を取ってから、揃って家を出た。


「明梨、昨日はいろいろありがとう。服は洗濯してから返すね」


並んで駅まで向かう途中で、成ちゃんが口を開く。


「私は大したことしてないから。今日出勤するのも、無理にしなくてもいいよ?」


「大丈夫。昨日あのまま家に帰っていたら引きずっていた気がするけど、明梨と話すと落ち着けたから。明梨が社に戻ってくれていて良かったなって思ってる」


「なら良かった」


成ちゃんの言葉通り、昨日は一人にさせることに不安しか感じなかっけど、今朝の成ちゃんは平静に戻っているように見えて、胸をなで下ろした。

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