第2話 成ちゃんと私

私が客先常駐から自社に戻ってきた時、社内で知ってる人なんて、グループ内の主要メンバーか総務か営業さん、後は同期の成ちゃんくらいだった。


でも、成ちゃんとはグループも違う上に席も離れていて、なかなか話し掛ける機会がないまま半月が過ぎていた。


私の同拠点の同期は、男性4人女性2人の6人だった。


入社後3ヶ月に渡る新人研修の中で、成ちゃんは一緒に研修を受けているメンバーの中で、いつも一番早くにできる存在だった。私は文系出身ということもあってか、プログラムの研修は苦手で最後まで苦しむ方だった。


そんな私をよく助けてくれたのが成ちゃんだった。


とはいえ、成ちゃんはどこか群れるのを嫌う的な所があって、研修中は丁寧に教えてくれるけど、就業時間外になると、自分はさっさと一人で帰ってしまうタイプだった。


研修後に成ちゃんとは違うグループに配属になって、成ちゃんが孤立しないか、ちょっと心配だったけど、私は私で仕事に慣れるのに大変で、人の心配をしているどころじゃなかった。


社内に戻って、遠目で見る限り、成ちゃんは今のチームとは上手くやっていそうだった。成ちゃんはコミュニケーションが取れないわけでもないし、仕事もできそうなので、私の杞憂でしかなかったのかもしれない。


そんな成ちゃんに、私は何度か挨拶をしようとしたものの、その度にタイミングが合わず、もしかして避けられているのかもしれないと感じていた。


その理由に思い当たるものはない。でも、強いて成ちゃんに近づく理由もなくて、席が遠いからそのうちに機会はあるだろう、とずるずる時間ばかりが過ぎていた。


それに、なんとなくだけど成ちゃんは新人の頃とは雰囲気が少し変わった気がしていた。それがどう変わったかは、上手く言葉には表せないけど、社会人として経験を積んだ、からなのかもしれない。


ただ、そのことを聞けそうな存在は、私には同期くらいしかいない。


でも、成ちゃんと同じグループに配属になった同期は、既に会社を辞めていて、他の同期は私と同じで客先常駐なので、成ちゃんの変化など知りもしないだろう。


私が変わらなさすぎなんだろうか。


漠然としたモヤモヤを感じている中で、今日のようなことがあったのだ。





「成ちゃん、今日はうちに泊まりに来ない?」


2人で並んで駅まで向かう途中、我慢出来なくなったのは私だった。


このまま駅で「お疲れ様」と言って別れれば、成ちゃんは一人暮らしの部屋に帰ってまた泣くんじゃないだろうか。


そんな気がしたからこそ、意を決して成ちゃんを部屋に誘う。


1Kの私の部屋は、来客用の布団など準備はない。でも、成ちゃんにベッドを譲って、私はタオルケットでも被って適当に寝転がればなんとかなるだろうと算段もあった。


「えっ……?」


「私に話ができる、できないはあると思うから、それは無理に聞かない。でも、このまま成ちゃんを一人にさせるのも、なんかできないなって思ったから」


「明梨……」


私と視線を合わせて、すぐに瞼を伏せた成ちゃんは迷っているのだろう。


今の成ちゃんは自分で答えを出すことができないように思えて、私は成ちゃんの手を掴んだ。


「一緒に帰ろう?」


促すように手を引くと、成ちゃんは抵抗せずに動き始める。


手を繋いだままで駅の改札を通って、私の家へ向かう電車に乗り込む。


21時近い時間ということもあってか、電車は多少余裕があって、乗り込んだ車内の前の壁に並んで背を預けた。


手を離すと成ちゃんは「やっぱり帰る」と言いそうで、私はまだ手を握ったままだった。


電車に揺られながら横目で成ちゃんの様子をそっと伺う。


先程、泣いて崩れていたメイクは、私がリュックを取りに行っている間に拭いたのか、化粧崩れが目立たなくなっている。今は、間近で見ないと泣いた後だとは気づかれないだろう。


成ちゃんは唇を引いたまま、どこにも焦点が定まらないまま車内を当てもなく見ている。


この無表情の下で、私はまだ成ちゃんが泣いているように思えてならなかった。


私の最寄り駅で降りて、近くのコンビニで夕食を買ってから小さな部屋に2人で戻る。


社会人になって住み始めた部屋に他人を入れるのは、そう言えば初めてだった。


「狭い部屋でごめんね」


「わたしの部屋だって、これくらいだよ。むしろ明梨の部屋の方が物が少なくてすっきりしてるから、広く見えるくらい」


成ちゃんも一人暮らしなので、1Kなんてお財布事情も似たり寄ったりの社会人にとっては、大差はなくて当然なのかもしれない。


「大学の時も一人暮らししていたんだけど、この部屋に引っ越す時に、荷物って増やしたら大変なんだって気づいて結構処分しちゃったしね」


「それが理由で物を増やさないって明梨らしいね」


成ちゃんの口元が綻んだのを見て、落ち着き始めているようだと、一つしかないクッションを差し出して座ってもらう。


「まずはご飯にしよう。お茶持ってくるね」


そう言って私は荷物を置いてから、キッチンに向かった。

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