第19話 下見
気がつけば、私が成ちゃんのプロジェクトにレンタルになって1ヶ月が過ぎていた。
成ちゃんの隣の席にずっといたような感覚になっていたけど、私には本来やるべきプロジェクトがある。やっとそちらが進められる状態になったからと、急遽呼び戻されることになった。
当然と言えば当然だけど、このプロジェクトのメンバーにも慣れてきた所だったので、残念な気持ちもある。
システム開発はプロジェクト毎に必要な要員を集めるので、長く同じチームでやってる人もいれば、短期間であちこちのプロジェクトを回っている人もいる。そのせいか、人が抜けたり入ったりにもみんな慣れている。
とは言っても、あまりにも急に戻ることが決まったので、次の飲み会の時に声を掛けるからという言葉に見送られて、私は元の自席に戻った。
成ちゃんとはまた社内では遠い距離になって、そうなるとお互いわざわざ近づいて話をすることはしなくなる。でも、今までと違うのは、休日に会うことが増えたことだった。
毎週じゃないけど、なんだかんだと隔週くらいでは会っている。
今日待ち合わせをしている目的は、社員旅行の下見だった。
旅行委員の打ち合わせで一度社員旅行の下見に行こうかという話になったものの、全員の予定がなかなか合わず、旅行まで時間もないことから、私と成ちゃんの2人で行くことになったのだ。
成ちゃんとは日帰りのバスツアーの予約もしていたので、流石に出掛けすぎかな、とも思ったけど、費用は旅行委員が管理するお財布から出せる、と聞いて二つ返事で下見の任を引き受けた。
本当の社員旅行はバスで移動だけど、下見はそんなわけにもいかないので、特急の出発駅で成ちゃんと待ち合わせをする。
「おはよう、明梨」
待ち合わせ場所でスマートフォンを眺めていた私に、成ちゃんの声が届いて視線を上げると、ホームの方から歩いてくる成ちゃんが視界に入る。
今日の成ちゃんは、黒の長めのスカートに、ベージュのチュニックで襟がひらひらしているのが可愛い。会社ではもっとシンプル系の格好が多いのに、休みの日に会う時の成ちゃんはかわいい系なことが多い。
一方で、休日に出掛ける為にわざわざ服を買うことをしない私は、いつもと代わり映えがしない格好だった。だって、休みの日に出掛けても、精々スーパか日用品の買い出しくらいしか行かないから、わざわざそれ用の服を準備しようとは思わない。
激しく女子力の違いを感じてしまったけれど、成ちゃんと私は恋のライバルでもないので気にしないことにする。
「じゃあ、行こう。明梨」
成ちゃんが腕を巻き付けてきて、私に歩くことを促す。歩き始めても、成ちゃんはその腕を解いてくれなくて、まあいいか、とそのまま目的地に向かうためのホームに向かった。
「成ちゃん、今日は機嫌いい?」
「そうかな。普通だと思うけど、どうして?」
「朝から元気だから」
「こんな風に出掛けるの久々だから、かな。明梨は眠そう」
「だって、休みの日に平日と同じ時間に起きるなんて、心理的に受け付けないんだもん」
「日帰りだからしょうがないじゃない」
そんなことを言いながら特急に乗り込んで、並んで席に着いた。成ちゃんが窓際で、私が通路側。私はすぐに寝てしまいそうなので、成ちゃんに窓際を譲った。
「あ……ごめん」
思った通り電車が動き始めてすぐに私は寝落ちしてしまったようで、成ちゃんの肩に頭部が当たって目を覚ます。
「明梨、よく寝ていたよ」
「ごめん。どのくらい寝てた?」
「1時間半くらいかな。まだもうちょっと掛かるから、寝てていいよ」
「それだと成ちゃんが暇じゃないの?」
「今まで寝転けていた明梨に言われてもね。景色を見ていたから気にしないで」
成ちゃんって、同期ってこともあるけど、気を遣わなくていい相手と私の中でインプットされているのか、一緒にいても緊張感が低い。だから寝ちゃったんだけど、申し訳なさはある。
後でお詫びに何かを奢ろう。
「そういえば、成ちゃんの故郷は日本海側だったよね? 海って違いある?」
「どうだろ。わたしの家は海の近くじゃなかったし、海に行ったのも小さい頃の記憶でしかないから、よくわからない、かな。海なんだって見てるだけ」
「じゃあ、今日はついでに海で遊ぶ?」
「9月なんだから、もう流石に海で遊ぶのは無理じゃない?」
「入らなくても、海を見るだけでもいいかなって」
「残念ながら、今日の予定ルートには、遊べるような海岸は入ってません」
成ちゃんの手元には、会社でプリントアウトしてきた紙があって、今日の下回りコースが印刷されている。成ちゃんが書いたらしきメモも書き込まれていて、こういうことにも手を抜かないのが真面目な成ちゃんらしい。
「ちょっとくらい寄り道してもいいじゃない」
「バスの時間まで計算してるから駄目」
「成ちゃんって完璧主義?」
「時間を最大限に有効活用したいだけです。日帰りなんだしね」
今日は社員旅行で行くスポットで、レクリエーションに使えそうな場所を見定めてくるという目的がある。どうやら成ちゃんはその任務を真面目に遂行しようとしているらしい。
「でも、美味しいものは食べたい」
「それはいくつか候補を出してます」
「流石。一家に一成ちゃんだね」
「わたしがいたら、明梨の家はベッドが狭くなるよ?」
成ちゃんが時々泊まった時にベッドが狭くなる、は許容ができるけど、毎日だと流石に落ち着いて眠れないだろう。
「成ちゃん用のベッドを用意すべき?」
「明梨の部屋のどこにもう一つベッドを置けるのよ」
「ないな……じゃあ、必要に応じて出張対応でお願いします」
「それ、わたしにメリットないじゃない」
「じゃあ、お返しに成ちゃんのして欲しいことを一つきくとかどう?」
「……そういうこと気軽に言うと、何させるかわからないよ?」
呆れたように成ちゃんに溜息を吐かれて、とりあえず「ごめん」と私は謝っておいた。
使いっ走りなら、遠方じゃない限りできる。後は一発芸や歌を歌えとかでも、なんとかなるはず。肩揉めも大丈夫だけど、何をさせようと浮かんだのかな。
でも、それを聞くとまた冷たい視線に合いそうな気がして、空気を変えようとリュックに入れていたお菓子を取り出して成ちゃんに向けた。
愛情が欲しいと泣く同期(女子)の心が私には分かりません 海里 @kairi_sa
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