第17話 本題

「で、今日はどうしたの?」


再度、私は今日の成ちゃんの来訪理由に話題を振った。


缶を握ったまま、少しだけ考えてから成ちゃんは口を開く。


「…………あのね、今日、告白されたの」


しっかり者の成ちゃんが取り乱しているので、色恋の話な気はしていた。片思いをしている相手と何かあったか、それ以外の人と何かあったか、どっちだろうと思っていたけど、後者だったようだ。


「社内にいる人にってことだよね? 名前は言わなくていいからね」


何人か思い当たる相手が脳裏に浮かぶ。でも、それを聞いてしまうと、自分がその人と接した時に意識してしまいそうで、成ちゃんから聞き出す気はなかった。


「うん」と溜息を吐いて、テーブルに缶を置いた成ちゃんは、少なくとも告白をされて舞い上がってる風ではなかった。


「断ったの?」


これは成ちゃんが、失恋しても忘れられない人がいることを知っているからこその推測だった。


「告白する気はないけど好きな人が居るからって、ごめんなさいしたの。でも、それで納得してもらえなくて、わたしがその人を諦めるまで待つって言われちゃったんだよね。そんな日は来ないから待たないで欲しいって言ったんだけど、諦めてくれなくて、逃げ出してきちゃった」


告白して振られても諦めないってことは、その人は本気で成ちゃんのことが好きなんだろう。


でも、成ちゃんはそんなことを言われて、どうしていいか分からなくなっている。


「成ちゃんが前向きになれるなら、今は好きじゃなくても付き合ってみてもいいかもしれないけど、多分それを成ちゃんはできないよね?」


少し前に成ちゃんと見た映画の記憶が蘇ってくる。


あの映画と、今の成ちゃんの状況が重なる。


好きな人を想い続けるか、好きでいてくれる人と幸せになるか、どちらを選ぶかという問いに、成ちゃんは自分はどこまでも好きな人を想い続ける選択をすると答えた。


いざ自分がになると答えが変わる可能性はなくはない。でも、成ちゃんの性格を考えると、春の失恋はまだ成ちゃんの心に蟠っている気がした。


「まだ好きだし、忘れることなんかできない。でも、その人には愛してる人がいて、わたしを見てくれることは絶対にないんだよね。わかっていたけど、淋しいって思っちゃうのはどうしたらいいんだろうって、ずっと思ってる」


手で顔を覆って、上半身を前に折り畳むように小さくなった成ちゃんを、私はその上から抱き締めた。


細身の成ちゃんの体は、私の腕の中に収まってしまうくらいで、いつもは頼りがいがある存在が今は小さい。


でも、成ちゃんだって、私と同じ年の一人の女性だ。弱い部分もあれば悩みもある。


「想い続けることは、淋しさを抱え続けないといけないことだって気づいちゃったんだね。でも、今の恋を過去にして進むことも、自分の心を偽ることになるからできない、なんだよね?」


「どうするべきだと思う?」


抱き締めた腕を解くと、私を見上げる成ちゃんの顔が至近距離にある。


こういうことで悩む成ちゃんは、女性の私から見ても可愛いさがあって、男性はこのピンク色の唇に口づけしたいんだろうな、と不謹慎ながら思ってしまった。


でも、真面目に成ちゃんは私に相談してきているので、意識を戻して、


「それを私が決めちゃ駄目でしょう。私は悩みを聞くことはできても、成ちゃんが納得して決めないと後で後悔するだけだから」


「そうだね。ごめん」


「成ちゃんって告白されたのって初めて?」


「そうだけど、どうして? わたしは誰かとお付き合いしたこともないよ」


「そうなんだ。これからもありそうだなって思って。成ちゃん、もてるって自覚ないよね?」


「わたしが!? わたし、可愛くないのに?」


私の百倍は成ちゃんの方が可愛いのに、成ちゃんはそれを分かってないらしい。


「前に戸叶さんと飲みに行った時に、戸叶さんも言ってたでしょ? 付け入る隙が欲しいって言ってる人がいるって」


「あれ、冗談じゃないの?」


「違うと思うけど」


「それは困る……」


成ちゃんはもてるのはお気に召さないようだ。


「成ちゃんが好きな人よりも頼りになる人もいるかもしれないよ?」


「……ゲームじゃあるまいし、パラメータで人を選んでるわけじゃないからね」


「確かに、優しいって一言に言っても合う合わないがあるしね」


「明梨は恋人作らないの?」


何故か私の方に飛び火してきた。私は恋愛に関しては、ここ数年扉も開いてない。


「自分のことに精一杯だし、結婚に夢を抱くってタイプじゃないから、別にいなくてもいいかなって思ってる。一人でいるのも苦じゃないしね」


「そっか……明梨は強いね」


「強くないよ。面倒くさがりなだけだよ。時々、私って何の為に生きてるんだろって思うくらい。学校を卒業して、働いて、その先って独りぼっちの老後があるだけだから」


「飛ばしすぎ。飛ばしすぎ。明梨って実は堅実だよね?」


「そうかな。まあ、一人で何かあっても困らないくらいに貯金ができたら、余裕ができるかもしれないけどね」


高給取りでもないので、その頃には老後に入ってる気はするけど。


「わたしも明梨を見習おうかな」


「孤独な人生を送ろうとしている私の真似をする必要ないよ。それに、成ちゃんは、誰か心の支えになってくれる人を見つけるのが、やっぱりいいんじゃないかな。リアルな恋人じゃなくてもいいけど、淋しさを我慢すると死んじゃうって言うじゃない」


「わたし、ウサギじゃないよ?」


「あれ? あれってウサギのことだったっけ?」


淋しいと死ぬって言葉が頭に浮かんだけど、何がだったかまでは覚えていない。


「もうっ」


「ごめん。でも、淋しさって何か埋めるものが必要じゃない?」


私なら寝れば忘れるんだけど、成ちゃんは繊細だからそんなお気楽には行かないだろう。


「わたしは告白されても、誰かと付き合えるようになるかどうかなんて分からない。少なくとも今は絶対無理だって思ってる。でも、一人で生きられるほど強くもないって知ってる」


「うん」


「だから、時々こうやって明梨に相談してもいい? 淋しいって言葉にしてもいい?」


「映画に行った時に言ったでしょ? それくらいなら付き合うって。成ちゃんがいてくれたから、今の私があるんだから、私にも何かさせてよ」


その言葉に、成ちゃんが肩に抱きついてくる。


成ちゃんはどんな表情をしているのか見えなかったけど、私を抱き締めた腕はなかなか離れることはなかった。



私と成ちゃんは、そろそろ親友でいいよ、ね?

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