第20話 ぬ、脱がされては……無いよね?
「そんな……っ」
ありのままを話すと、茉莉花は崩れ落ちた。
「身体強化だけ? 殴ってるだけ? オークキングを三発殴るだけ?」
ありえない、ありえないと、地面を見つめながら繰り返しつぶやいている。
―人を化け物みたいに言わないでくれる?
陽葵は心外そうだったが、Bランクの少女に「ありえない」と言わしめる実力はやはり規格外なのだろう。
「陽葵は有名なんじゃないの?」
「天堂さんはずっとソロプレイヤーだから、戦闘スタイルは謎だったのよ」
ギルド長と親しいという噂はあったから、きっとすごい武器を駆使して戦っているんだ。自分も陽葵と同じようにギルド長の武器があれば同じ景色が見れるはず。
そんな思いで、ギルド長に武器を作ってくれるように頼みこんだそうだ。
「あっさり作ってくれてびっくりしたけどね。でも、すごい武器を手にしたってBランクのまま一年が過ぎちゃった」
出会ってからずっと自信満々で堂々としていた少女は、両足を抱え込み小さくなっていた。
「Aランクに辿り着けたのは特別な武器のおかげだと思ってたの。憧れとか言っときながら、同じ条件なら自分だって立てる場所だと馬鹿にしてたのよ。恥ずかしいわ……」
同じ条件なら。
この半年で、僕もどれほど思ったことか。
一人じゃ生活もままならない。
メニューは開けてもカバンは使えない。
子供が使っている武器ですら持ち上げられない。
早く走れないし高く飛べない。
力は弱くて体力もない。
転んだだけで怪我をするひ弱な体。
元の世界なら普通なことが、ここでは哀れまれる程にできていないと判断される。
同じ条件なら。僕にも角があって、魔女の魔力を受け取れて、身体が強化されている人間なら……。同い年の女の子に運ばれることも無いし、隣に立って対等に戦えるのに。
「は……? ちょっと、何であなたが泣いてるのよ!?」
込み上げてくる悔しさと情けなさに、僕の涙腺は崩壊していた。
「あぁぁ……鼻水もそんなに……もう!」
茉莉花はポーチから取り出したハンカチで、僕の顔をぐしぐしと拭いてくれる。
「茉莉花は……ズッ」
止まらない鼻水をすすりながら、伝えなければと声を絞り出す。
「茉莉花は、努力したんだろ? Bランクまでは武器だって普通で、周りにも反対されながら」
「そうだけど……」
弓道はすごい集中力がいると聞いたことがある。
止まっている的を正確に射貫くのすら難しいのに、動き襲ってくるモンスターを正確に狙うのはどれほどの技術が必要なのだろうか。射貫くだけじゃない。都度、相手の相性や状況に応じて纏わせる魔法を使い分けている。
「努力した。その年でBランクは十分にすごい。……それじゃダメなのよ……あたしは……」
こぶしを握り締め、思いつめた表情をする。
「まつ……」
「違うわ!!」
はっとしたようにこちらを向く。
「あたしの話じゃなくて!! あなたの連携の話よ!」
そういえば叱られている途中でした。
「とにかく、連携戦が初めてなのは分かったわ」
先ほどまでの深刻な顔が嘘のようになくなり、本来の話に戻った。切り替えがすごい。僕としてはとても気になるのだが、時間は有限だ。改めて解決策を……という所で、先輩が必死に何かを訴えてきた。
「ぴぴぃ!ぴぴぃ!」
「先輩どうしたの? ……え、焦げ臭い!?」
「きゃー!!」
先輩が指し示す方を見ると、焚火の周りで黒焦げの物体が煙をもくもくと吐き出していた。
「ヤダ!! 忘れてた!!」
慌てて茉莉花が火から離すが、もはや魚の形をした炭でしかなかった。
「お魚ちゃん……ごめんね……」
申し訳なさそうに魚だった物体に謝罪をし、焚火の横にそっと寝かせた。
「えっと……。食材をそこそこ詰めてきたから、お昼ご飯は僕が作るよ」
分かりやすく落ち込んでいる少女に提案する。
正直まだ食べる気分ではないが、もうすぐ二時だ。茉莉花も先輩もお腹が空いているはず。昨夜までは茉莉花がメインを用意してくれていたが、今こそ役に立てる場面だ!
「美味しい……」
持ってきたパンを薄切りにして、昨夜の残りのボア肉に塩コショウをし、少量の水で溶いた片栗粉をまんべんなく付けてフライパンで揚げ焼きにする。
油を切った竜田揚げにさっとしょうゆをかけて、マヨネーズをたっぷり塗ったパンで挟む。ボア龍田サンドだ。
茉莉花は驚いた顔でサンドイッチを食べ進める。
「良かった。お世話になってる施設で、おかみさんに扱かれたからね」
家賃や食費を収めるのを拒否された時、せめて何かできないかと手伝いを申し出た。
水や火、掃除機や調理機器などは自力で使えないが、その他の体を動かすことは出来る。
掃除洗濯、料理の下処理や(火をつけてもらった)コンロでの調理など、おかみさんに教わりながらいそしんだ成果だ。
今度ショップにあったカセットコンロを購入しよう。一人で火がつけられる感動を味わいたい……!
「遠征中はお腹が満たせれば良いと思っていたけど、美味しいとなんだか心が満たされるわね」
「ぴぃ!」
簡単なサンドイッチだけど、美味しそうに食べてくれる様子を見て、胸がじんわりと温かくなる。帰ったらおかみさんに報告しなきゃ。
ぐぅぅぅぅ
盛大に腹の虫が鳴いた。僕の腹だ。ついさっきまでグロッキーだったのに、調理で落ち着いたのか、食べるのが止まらない二人に触発されたのか。
「……ふっ、ふふ……何その音!」
空っぽになった胃の収縮音は周りから聞いても相当な音量だったようで、笑いをこらえきれなかったらしい。
ぐぅぅぅぅぅ
「「あははははっ」」
再び鳴り響くと、二人で声を合わせて笑った。ずっと重い空気を引きずっていたが、ようやっと笑えた。
先輩も嬉しそうに耳をぴくぴく動かしている。
「僕も食べるよ。いただきます」
手を合わせて、サンドイッチを口に運ぶと、予想よりも遥かに美味しい。空腹は最大の調味料というが、きっとそれだけじゃない。
熱くなってコートを脱ぐと、自分の服が綺麗になっていることに気が付いた。切り札を使ったなら、ひどい有様だったろうに……。
どうやったかは知らないけど、お礼に夕飯も美味しい物を作ろう。
「……」
ぬ、脱がされては……無いよね?
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