第13話 苦手なんだよなぁ

「大丈夫か兄ちゃん?」


 青ざめて今にも胃の中身をぶちまけてしまいそうな僕を、商人のおじちゃんが心配してくれている。


「あ、は……うぷぅぅぅ」

「あー待て! 耐えろ! おい、ちょっ、ちょっと、母ちゃん止めてくれ!!」


 木々の葉っぱがはらはらと落ち始め、吹く風が冷たくなってきたとある昼下がり。僕は慣れない馬車の上で危機を迎えていた。


「あー……きつい」

「ぴぃ……」


 幸い馬の緊急停止が間に合い、なんとか荷物を汚すことは回避できたが、地面に寝そべっていても揺られている気分が抜けない。

 先輩は平気らしく、僕を心配してか顔にすりすりしてくれている。可愛い。

 陽葵に抱えられての移動がへっちゃらになったので高を括っていたが、馬車での移動は別物だったようだ。小刻みな振動が、長時間脳みそと内臓を揺らし続けて吐き気が止まらない。


「これが一週間か……」


 出発してまだ二時間だというのに先が思いやられる。



 チュートリアル完了後、一か月が経ってもメニュー画面に新たなクエストが発生することはなかった。本来は自分で受けた依頼以外は表示されないのだけど、チュートリアルなんて特殊なクエストが発生している時点で普通ではない。

 ここがゲームの世界なのだとしたら、今後の行動を示唆するクエストが発生するはずだけど……。今はインターバル中なのだろうか。

 ぼーっと過ごしている訳にもいかないし、イベント期間以外は資金集めとレベルUPがゲームの基本だ。

 折角、初級ダンジョンクリアによって一人前と認められたのだから、今まで許可されていなかったエリアでの依頼をバンバン受けていこうじゃないか。

 そう意気込んでギルドに行ってみると、受注可能クエストの数がぐっと増えていた。

 Eランク相当とは言え、初級ダンジョンをクリアしていない以上はFランク依頼しか受けられなかったのだ。実際に依頼を受けてみると、出会うモンスター全てに角がなく、強さも格段に増していた。

 陽葵と先輩の力を借りながら、自分の戦闘スキルを上げていく。

 資金に関しても、素材を物理でしか運べない以上陽葵の協力が必要だった。

素材を一旦陽葵が自身のメニューに仕舞い、僕のカードに送付するという流れ。お世話になりっぱなしで申し訳ないと思っていたが、この方法だと陽葵にも利があるとのことだ。

 個々のカバンにはもちろん容量があり、それは魔力量によって決まるらしい。陽葵の魔力量はかなりのものらしいが、その大半が換金できていない素材で埋まっているらしい。どれもレアと言われている物で、ここぞという時のために取っているそうだ。

 ここでギルド長作の黒いカードの出番だ。カードの容量は底が見えないくらいに多いらしく、未だに満杯になったことがない。

 換金の際にはカードを魔具にかざすだけで一瞬で終わるし、良いことづくめである。換金後のチョムは二人で決めた配分で振り込んでもらえる。

 陽葵がいない日の資金調達は難しいが、強いモンスターを相手にすることで着実に戦闘スキルは上げることができた。

 ショップアイテムのおかげで、いざという時の備えができているのも心強い。ただ、希少で消費しにくい現状ではあくまでもお守りなので、深入りはできない。

 そんな日々を過ごしながら一か月ほど経った頃、ギルドで紹介されたのが王都での仕事だった。


「王都ですか」

「はい、王都付近にしか現れないモンスターから採れる素材です」


 受付のノームが依頼書を見せてくれる。


「一応行商人が売りに来ていますが、価格がかなり上乗せされていますので……お急ぎでない方は採取依頼を出すんです」

「なんで僕に?」


 採取依頼は素材の質と数で金額が決まる。陽葵と連名で受ける時以外は、ノームから提案されることはまずない。

 陽葵が昨日から指名依頼で遠征に出ているのは把握しているはずだ。


「今回の素材は小さくて軽いんです。必要数も五個ほどなので、太陽様でも運ぶのに不便はないかと」

「なるほど……。でもそんな貴重な素材を持ち運ぶのは怖いです」


 書類に書かれた【報酬五十万チョム】は中々に魅かれる金額だが、道中に強奪されるのが目に見えている。


「問題ありません。王都のギルド経由で依頼主様に直接送付しますので。太陽様の報酬もそこで受け取っていただけます」

「それ、僕が行く意味ありますか?」

「行商人と冒険者と依頼主との間で決まりが色々とあるんです……」


 なるほど。直接王都のギルドへ依頼を出せてしまうなら、商人の仕事がなくなってしまうか。各方面のバランスを考えるのも大変だな。


「ちなみに」


 報酬額には魅かれつつ、初めての遠征が一人だという不安感で決めかねていると、すっと一枚のメモを渡された。


「この依頼は太陽様に回すようにと、ギルド長から指示がありまして」


 渡されたメモには「お前に丁度良い依頼だから行ってこい」と、ギルド長の筆跡で書かれていた。


「これは……断る選択肢は無さそうですね」

「受けていただけると助かります」


 この場合、受けて助かるのは僕だろうな。断ったら「もっとエグイやつが良かったか」なんて言って、ヤバそうなモンスターの前に放り出されそうだ。


「納期は結構ありそうですけど、王都ってどのくらいかかるんですか?」

「通常ですと四日も走れば到着しますが」


 四日間走り続ける前提ですか。


「太陽様の場合は……恐らく徒歩で二週間くらいはかかるかと思います」

「わぁ……徒歩以外の選択肢を、是非」

「飛行船であれば一日で到着可能です」

「お高いって聞いたんですけどいくらくらいですか?」


 日に何度か街の上を飛んでいく飛行船。陽葵曰く「高い」そうだけど、往復一か月歩くくらいなら乗ってみようかな。


「片道二十五万チョムですね」

「にっ!?」


 往復で五十万、手元に残る報酬はゼロである。それどころか、失敗すれば完全にマイナスだ。


「交通費別途支給とか……」

「残念ながら」


 基本は自力で行けちゃうのだから当然か。


「ほ、他に方法は……」

「えっと、あ、今丁度良い依頼がありますね。運送業をしているご夫婦からの依頼で、明日の王都便の手伝いを募集しています。荷馬車であれば七日程度ですし、帰りも同乗を可としています。少ないですが報酬もありますよ」

「その依頼も受けます!!」


 渡りに船なのか、これさえもギルド長の思惑通りなのか。とにかく、一番いい塩梅の交通手段である。


「あの、ちょっと気になったんですけど、陽葵はどのくらいで王都に行けちゃうんですか?」

「天堂様は確か二日ほどだったかと」

「通常の半分ですか……」

「あの方は道というより目的地までの直線距離をまっすぐ進まれますので……」


 クールなノームからも引いている気配を感じる。僕が異端なのは分かるけど、陽葵は別の方向で規格外だ。



 二つのクエストを受注した僕は、翌日出発をしたのだが……出発早々に足を止めさせてしまう体たらくである。


「ほら、これ飲め」


 様子を見に来たおじさんが水を渡してくれた。


「ありがとうございます。あの、すみません……」

「まぁ余裕はあるから良いけどよ、あんた聞いてた以上に軟弱なんだな」

「はは……」


 ノームの亜種は繊細でか弱いという噂が浸透している。自分としてはかなり体力も筋肉も付いてきたのだが、ここの世界では未だ子供レベルである。

 呆れているというより、真面目に心配してくれている視線が辛い。


「今回はお祝いの品を運んでるんですよね」

「おうよ。もうすぐ王様の誕生日だからな。王都じゃあちこちで盛大なパーチーが開かれるんだとよ」


 カバンに仕舞えるのは素材や魔石、ポーションといった魔力を多分に含んだものだけ。原理は分からないけど、一度魔素的なものに分解して吸収しているらしい。

 彼らの仕事は、カバンに仕舞えないアイテムの移送だ。今回は品物が大量のため整理する人手が欲しいという依頼だ。

 街の中はコンクリが敷き詰められ、現代日本と同じような街並みだが、一歩外を出ればあまり整備されていない道路が続いている。

 車はあるにはあるが、大量の魔力を消費して動くため実用的ではない。飛行船が馬鹿高いのもそれが理由だろう。

 そもそも、ここの人たちは車なんて乗るより走った方が早いのだ。


「しっかし、一週間も耐えられるか? 流石に二時間おきには止まってやれんぞ」

「あー、大丈夫です。秘策があるので、もう少し休ませてもらったら戻ります」

「そうか? 無理そうなら街に戻ってやるから早めに言えよな」

「ありがとうございます」


 おじさんが荷馬車に戻るのを見送って、メニューを開く。


「うーん。高いんだけどなぁ」


 ショップの酔い止めアイテム一覧を眺めて項垂れる。

 全部で五種類。全て同じ味のアイスだが、効果時間が違うらしい。一番長いもので十二時間。一つ二十コインなので、二週間分だと二八〇コインも払うことになる。

 残高が千に近くなっているので躊躇してしまうが……。


「仕方ないよな」


 これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。陽葵ジェットコースター同様、数をこなせば慣れるだろうけど、今回は依頼なのだから諦めよう。

 取り合えず片道分を購入した。ショップのアイテムは購入前に使用分と保管分に設定できる。保管分はカバンに自動で移動するので便利だ。僕のカバンはショップのためにあったのか。


「チョコミント……苦手なんだよなぁ。先輩も舐めてみる?」


 酔い止め効果があるのはチョコミント一択。あちらでは夏に多く売られていた味だが、チャレンジする度に後悔した記憶がある。

 先輩が興味を示しているので、すっとスプーンを差し出してみた。


「ぴっ!?」


 どうやら先輩も苦手だったようで、すぐ傍の川に水を飲みにかけて行った。


「いただきます」


 背に腹は代えられないので急いで口に掻き込む。


「さむっ」


 ミントの爽快感とアイスの冷たさと初冬の冷たい風に身を震わせる。雪が降る前に馬車酔いをなんとかしたいものだ。

 そう言えば、あの子はチョコミント好きだったよな。ふとそんなことを思ったが、「あの子」の顔も名前も具体的なエピソードも出てこない。

 人の顔を見て泣きそうになったり(というか泣いたり)、毛糸作品を見て懐かしんだり、これは忘れている記憶の影響なのだろうか。


「ぴぃ~」


 先輩が川から戻ってきた。


「よし、行こう」


 早速アイスの効果が出たのか、以降の旅は快適だった。

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