第12話 ありがとう!

「ただいま~」

「ぴぃ~!」


 耕太に髪を乾かしてもらっているタイミングで、陽葵と先輩が帰ってきた。


「おかえり! 予定は明日じゃなかった?」

「予定はね。いやぁ、さすが先輩! ポイズンカメレオンを片っ端から見つけちゃうから、あっという間に終わっちゃった」

「ぴぴぃ!」


 今回のクエストは擬態に特化したB級モンスターの討伐。姿も気配も消して、頭上から猛毒をぶっかけてくるカメレオンが相手だったはずだ。

 A級の陽葵でも、見えない相手には手を焼くからと先輩を連れて行った訳だが、期待以上に察知できたらしい。

 陽葵に褒められ、陽葵の肩に乗っている先輩が「どやっ」と効果音が付きそうな感じで鼻を鳴らす。

可愛い。今朝ぶりの癒しだ。


「ねぇ先輩、このまま私の相棒になっちゃわない?」

「ダメでーす、先輩は僕の相棒です」

「毎日超美味しいニンジン用意するよ」

「ぴっ!?」

「ちょ、なびかないで先輩!?」


 超美味しいニンジンと聞いて涎をきらりと光らせる先輩を、慌てて自分の肩に乗せる。


「ケチだな太陽。陽葵姉ちゃんと先輩なら無敵になるのに」

「可愛い陽葵ちゃんと可愛い先輩ならお似合いよね」

「そうでしょ、そうでしょ」

 かずとハルの加勢を受けて、調子づく陽葵。

「男なんだから心広くいこうぜ」

「分かってないわね耕太。男だからこそ、大切な人の傍にいなきゃ」

「梓、それちょっとニュアンス違わない?」


 梓に突っ込んでいる拓哉は分からないけど、他の子たちは完全に陽葵の味方のようだ。


「ダメ、絶対にダメ! 先輩は渡さないし、先輩だって僕といたいよね? って、先輩?」


 渡さないアピールのつもりで先輩を手で覆おうとすると、空振りしてしまった。いつの間にいなくなったのか。肩乗りサイズの時は羽のように軽いため、全く気が付かなかった。


「せんぱい、あっち」


 はーくんがズボンの裾を引っ張りつつ、食堂の方を指さす。覗いてみると、おかみさんに貰ったであろうニンジンを、美味しそうにかじっている先輩の姿があった。


「太陽よりもニンジンね。おかみさぁん! 私もお腹空いた~」

「はいはい、夕飯取ってあるわよ。連絡くれて助かったわ」

「当然~」


 陽葵は遅い夕飯を食べながら、皆に今回の武勇伝を語ってくれた。



 トントントン


「はーい」

「太陽だけど、入って良い?」

「どうぞ~」


 陽葵が自室に戻ったタイミングで部屋を訪ねた。許可を得た後に扉を開くと、陽葵がストレッチをしているところだった。

 部屋はシンプルだが、所々に可愛い置物がある。


「今日皆に渡したんだけど、陽葵も貰ってくれたら嬉しいな」


 そう言って手渡したのは、毛糸で編まれた茶色のクマのぬいぐるみ。首には赤いリボンが結んである。


◆◆◆


  あれはプレゼントが陽葵の分を残すのみとなった時。

  ショッピングモールの隅の方、今まで見た中で一番小さなスペースで展開されていたそこには、所狭しと毛糸で編まれた作品が並んでいた。価格の記載がなく店員さんもいないため、もしかしたら展示コーナーなのかもしれない。


「懐かしい」


 懐かしい? 作品を見ながら、口から零れた言葉。確かにあるその感情に戸惑いつつも、作品を一つ一つ見ていく。

 その中で一番気になったのがクマのぬいぐるみだった。


「これ、絶対に喜ぶだろうな」


 陽葵の笑顔がよぎり、絶対に喜ぶという謎の確信が湧き出てきた。クマが好きだなんて、聞いたこともないのに。


「御用の方はこちら?」


 これを買いたいと思った時、一番奥に扉があるのを見つけた。

 白いドアに貼られた紙には「御用の方はこちら→」と書かれており、矢印のすぐ下には西洋の建物などでノックに使う輪っかが付いていた。インターホンだと使えない可能性が高いが、これなら問題なさそうだ。


 コンコンコン


「すみません」


 輪っかを三回扉にぶつけて声をかける。少しの間シンとしていたが、やがて奥からガタゴトと物音がし、ゆっくりと扉が開いた。


「お待たせいたしました」


 出てきたのは小さな女の子、いや、ノームだ。ギルドのノームたちと違い、メイド服に身を包んでいる。

 こちらを見上げ、にっこりと笑い、丁寧にお辞儀をしてくれた。


「いらっしゃいませ。何かお気に召した物がございますか?」

「あ、はい。あの、あそこのクマのぬいぐるみが欲しいんですけど、値段が分からなくて。売り物……ですか?」

「まぁ、あちらですか!」


 僕が示したクマを見ると驚いた様子で、でもすぐに嬉しそうに笑った。


「もちろん売り物ですよ! 贈り物ですか?」

「そうです。いつもお世話になっている女の子に贈りたくて」

「きっと喜ばれますよ! どうぞ持って行ってください」

「ありがとうございます。えっと、おいくらですか?」

「お代は頂いておりません。主が趣味で作られた物なので。あ、ちょっと待ってくださいね」


 ノームはまた扉の向こうに行ってしまった。

 まさかの無料。メイドさんがいるということはある程度お金持ちなのだろう。しかも精霊を雇えるなんて、相当なお偉いさんかもしれない。こんな素敵な作品を作り出して、しかもお代はいらないだなんて。

 元の世界の「お金持ちは金に汚い」という偏見は捨てなければいけない。


「お待たせしました」


 戻ってきた彼女の手には真っ赤なリボンが握られていた。両サイドに黒いレースがあしらわれており、黒い服を好んで着ることが多い陽葵のイメージピッタリである。


「こちらをこうして……」


 手際よくクマの首に結んでくれた。


「可愛い! ありがとうございます。本当に払わなくて良いんですか?」

「はい。価格設定もしておりませんし、お代を頂いても使い道がありませんので気にしないでください」


 使い道がない。庶民が払える金額程度をもらったところで、という意味だろうか。とらえ方によっては鼻につく発言ではあるが、目の前のノームからは見下している感じは一切しなかった。


「喜んでくださると良いですね」

「絶対に喜びます!」


 再三お礼を伝えて、その場を後にした。


◆◆◆


「毛糸のぬいぐるみ!? え、私にくれるの!?」


 ぬいぐるみを渡すと、陽葵は嬉しそうに驚いてくれた。

 両手で掲げてみたり抱きしめてみたり。本当に喜んでくれたようで、ほっとする。謎めいた確信はあれど、謎めいている故に不安でもあったのだ。


「そう、陽葵に。夕飯の後に他の皆にもそれぞれ渡したんだ。こっちに来てから、ずっと良くしてもらっているお礼」

「へー、皆も喜んだでしょ!」

「とっても。一人一人のことを考えて選んで良かった。はーくんはお菓子を一度に食べすぎないか心配だけど」

「え、毛糸作品じゃないの?」

「うん? 毛糸で出来たやつは陽葵のだけだよ?」

「えぇぇぇ!? 折角見つけたのに勿体ない!!」

「待って待って、さっきからちょっと話がかみ合っていない気がする。陽葵はクマのぬいぐるみじゃなくて、毛糸っていうところに注目してるの?」

「もちろんクマも好きだよ。でもそれ以上に毛糸っていうのがもうね……。太陽は知らないかもだけど、毛糸作品を扱っているお店を見つけるのはS級モンスターに出会うよりもずっと難しいんだから!」


 S級モンスターとの遭遇頻度で例えられてもピンと来ないが、陽葵の話では都市伝説のような存在らしい。


・街中をくまなく探しても見つからない

・ぼーっと歩いていたら目の前にあった

・いつもの雑貨屋さんにいつの間にか置いてあった(店員さんも気付いていない)

・お代はいらない

・自然と欲しい物が分かる

・毛糸作品を手に入れると幸運になれる


「確かに心当たりはあるけど……そもそも、編み物ってそんなに貴重なの?」


 服や雑貨をまじまじ見ることが無いが、らしきものは見かけた気がする。元の世界でも当たり前のように売っていたし、趣味としてもメジャーだ。

 そして、編み物=毛糸というイメージしかない僕は、どうにも陽葵の興奮に共感できないでいる。理解できていない事が伝わっているのか、陽葵は少し呆れ気味に説明してくれた。


「編むこと自体は珍しくないよ。糸を使ったレースは装飾の基本だし、雑貨や衣服だって太めに紡がれた糸で編んであったりするでしょ」


 その太めに紡がれた糸、が毛糸なのでは?


「珍しいのは毛糸。あのふわふわした素材はどこにもないの」

「羊の毛でしょ?」

「羊の毛は繊維が固いからただの糸にしかならないわよ」


 この世界の羊の毛は固いのか。今度牧場に行ってみよう。


「綿とかでも作れない?」


 粘る必要はないのだけど、自分の貧相な知識でも役に立つならと提案してみる。

百円ショップの毛糸コーナーにも、コットンという文字が書いてあった気がするのだ。詳しい製法を聞かれても分からないけど、そこは職人さんに頑張ってもらえれば何とかなりそうだ。


「綿なんてS級素材、お金持ちでも中々手に入らないじゃない」


 綿がS級素材。


 日常生活面では元の世界と変わらないと思っていたが、ここに来て判明する大きな違いだ。


「ちなみに、綿で出来た糸というか布というかは、どんな感じなの?」

「光沢があって、しなやかで、すっごい上品な見た目と触り心地なんだって。見たこと無いけど」


 それは綿じゃなくてシルクじゃ……。


「あ」


 思い出した。この世界、虫がいないんだった。

 最初の森で不気味な程見かけなかった虫だが、結局街でもダンジョンでも見つけることはなかった。虫について尋ねてみても、この世界の住人は首をかしげるばかりだ。


「あ?」

「いや、僕の世界では毛糸って当たり前にあったから。こっちとは違って当然だったなって」

「毛糸が当たり前なんて羨ましい!! でもそれじゃぁ、このぬいぐるみの凄さが分からなくてもしょうがないか」


 まだ少し納得していない様子だけど、両手で抱きしめているクマの頭をなでる顔はにこやかだ。予想外の反応ではあったが、喜んでくれているのは間違いないようで安心した。


「とにかく、陽葵には出会った時からずっと助けてもらってるから。誰よりも感謝してるんだ。ありがとう」


 最初に出会ったのが陽葵じゃなかったら、今頃どうなっていたか分からない。

本来なら、魔王の手先として殺されていてもおかしくない異世界人だ。この施設に連れて来てくれたことも、ギルド長に会わせてくれたことも、何度でも訓練に付き合ってくれることも、家族のように接してくれることも。

 言葉では足りないくらいに感謝している。

 心のままに伝えると、陽葵は驚いて、照れて、そしてニカッと笑った。この顔を見ると、何故だか鼻の奥がツンと痛くなる。


「改まって言われると照れるじゃん。私より先輩に感謝した方がいいんじゃない? 先輩がいなかったら川に置いて行ったかもよ?」

「もちろん、先輩にもとても感謝してるよ。でも、先輩がいなくたって陽葵は助けてくれたでしょ?」


 襲ってくるモンスターから守ってくれて、突然泣き出す男を心配してくれて、記憶が無いなんてふざけた話もちゃんと聞いてくれた。

 半年間一緒にいて、面倒見の良さも優しさもちゃんと知っている。


「……真面目に返さないでよ、もう。どういたしまして! そして素敵なプレゼントをありがとう!」


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