第11話 まいどあり~
「ただいまー」
施設の扉をノックして開けてもらう。この国の扉は登録された魔力に反応して鍵が開く仕組みのため、僕一人では開けられない。家に誰もいなかったら締め出し確定だけど、常に誰かがいるこの施設では悪いことばかりではなかった。
「太陽! おかえり!」
開けてくれたのは拓哉だった。こうして誰かしらが名前を呼んで「おかえり」と言ってくれるのは、帰る場所があることに安心できるから好きだ。
「太陽、何買ったのー?」
「ご飯食べてからのお楽しみ! 先におかみさんのお手伝いしなきゃね」
両手一杯の荷物を見て、お土産かとワクワクしている子供たち。サプライズ出来ないのは惜しいけど、驚かせたい訳じゃないから。
玄関まで漂う夕飯の良い匂いに腹の虫が反応する。
「太陽ちゃん、おかえり~。早速で悪いんだけど、これどんどん運んじゃって!」
「はい!」
荷物を部屋に置いて食堂に入ると、夕飯の準備で忙しそうなおかみさんの姿があった。
キッチンには全員分のプレートが並び、一つ一つに美味しそうな料理が盛り付けられている。今日のメインは豚の生姜焼き。ご飯まで日本のそれと同じであるのはとてもありがたい。
どんな料理でも、おかみさんのご飯は世界一だけど。
「こっちの机から並べて~」
机を拭いている梓が、先に拭き終えた方を指さす。
こうして皆で分担して準備をしていくのも好きな時間だ。
「プレゼント!?」
夕食後、おかみさんに相談したら皆にお茶の準備をしてくれた。包装されたプレゼントを、感謝の言葉と共に手渡していく。
「拓哉、いつも一番に出迎えてくれてありがとう」
「ハル、いつも楽しい話を聞かせてくれてありがとう」
「耕太、いつも一緒にお風呂に入ってくれてありがとう」
「梓、いつも服を直してくれてありがとう」
「かず、いつも相談してくれてありがとう」
「はーくん、いつも起こしてくれてありがとう」
面と向かっては照れ臭いが、僕だけじゃなくて皆も少し照れ臭そうで。包みを開けて中を確認すると、大げさな程喜んでくれた。
新しいのが欲しいと言っていた物や、大好物のお菓子、最近背が伸びてサイズが合わなくなっていた靴の代わりとか。普段のこの子たちを思い出しながら選んだ品々だ。
結局五万チョムほどかかったけれど、この笑顔が見られるなら安い物だろう。
「皆良かったね~」
「おかみさん」
「あらまぁ! 私にもくれるの?」
子供たちへのお礼としか伝えていなかったから、おかみさんにはちょっとしたサプライズができたみたいだ。
「もちろん! 感謝してもしきれませんよ! 魔具の一切使えない僕を、嫌な顔せずにずっとサポートしてくれて、毎日美味しいご飯を作ってくれて、悩みも沢山聞いてくれて……」
私は戦闘向きじゃないから~と言いながら、いつも話を沢山聞いてくれる。具体的なアドバイスを求めている訳じゃないことを知ってか知らずか、明るく「大丈夫」と背中を押してくれる。
涙もろい自覚はあるけれど、おかみさんの前では一層抑えがきかないらしく、毎度滝のような涙を流してしまう。
「僕は、僕自身のこととか、家族のこととか、友達のこととか、何も思い出せないけど……、おかみさんがお母さん、だったらなって……」
感謝を伝えたいはずなのに、涙が溢れてきて言葉が上手く出てこない。
「ふふ、お母さんって呼んでもいいのよ?」
そういいながら抱きしめてくれた。
子供たちに見られて恥ずかしいけれど、おかみさんの温もりと匂いにホッとする。
「それは……恥ずかしいので」
ズッと鼻をすすりながら涙を拭う。あらそう? と頭をなでてくれるから、また視界がにじんでしまった。
「と、とにかく! いつもありがとうございます」
少し離れて、ちゃんと目を見て言えた。僕が渡すプレゼントを受け取りながら、
「こちらこそ、ありがとう」とおかみさんも少し照れながら応えてくれる。
「ささ! お茶が冷めちゃったから温めないとね!」
ドサッ
自室のベッドに仰向けに倒れこみ、満腹のお腹をさする。
「調子乗って食べすぎちゃった」
夕飯をお腹一杯に食べた後なのに、美味しいお茶とお菓子を何度かおかわりしてしまった。本来はお茶だけのはずだったのが、テンションの上がったおかみさんが秘蔵のクッキーを出してくれたから……。
壁にかかった時計を見ると、夜の九時を回ったところだった。陽葵と先輩が帰ってくるのは明日だっけ。
「お風呂の時間まで後三十分くらいかな」
夕飯後は、年の低い子から順番にお風呂に入っていく。僕は耕太と入るから四番目だ。
「よっと」
このまま時間が来るのを待っていたら寝てしまいそうだから、起き上がりぐーっと伸びをする。
とりあえず、ダンジョンのアイテムと情報の整理だ。アイテムと言っても、魔石は全て換金済みのため、手元にあるのはダンジョン攻略報酬の手袋だけ。出現時のポップアップには【魔力増幅アイテム】とあったが……。
見た目は何の変哲もない皮手袋。色はシンプルな黒。この世界の衣類は、魔女と精霊の固有色を使用することが多い。東なら黒、西なら白、南なら赤、北なら青だ。ダンジョンのアイテムもそれに合わせているのかもしれない。
「やっぱり……何も変わってないよな」
両手に装着してみたが、自身の魔力に変化は見られない。魔女由来の魔力のみを増幅させるもので、個別に生成している魔力には作用しないのだろう。この世界のアイテムなのだから、当然ではある。
「こちらは換金できないんですよぉ」
魔石と一緒に渡そうとした時に言われた言葉。
「ダンジョンの攻略報酬、通称魔女シリーズですが、こちらは換金不可のアイテムなんですぅ。譲渡は一定の条件下のみ可能なので、大事にしまっておいてくださいぃ」
記憶の中のRPGであれば、【売却×】と表記がされているアイテムということだろう。
気になるのは、条件を満たせば譲渡は可能である点だ。試しにおかみさんや皆に手渡してみたが、受け取った瞬間に僕の手元へ戻ってきた。
「これはしばらく保留かな」
持ち歩いても役立てられないため、机の引き出しに仕舞う。
確認作業のメインはこれからだ。
耳を引っ張りメニューを呼び出すと、アイコンの一番下を見る。ショッピングモールで確認した通り、選択可能になっている。
アイコンをタップしショップを開くと、日本でいうところのショッピングサイトの様な画面が出てくる。
右上にはコイン残高。現在二千コインあるようだ。上側中央には検索ボックス。その下にはセール品、おすすめ商品、カテゴリー一覧、閲覧履歴、購入履歴の項目が続いている。
「異世界人専用……」
ずらりと並ぶ商品一覧にざっと目を通すと、そこには町の雑貨店や装備店で見かけたような物ばかりが並んでいる。違うのは、日用品から武具・防具、食品など多岐に渡るアイテムの大半に【異世界人専用】の文言が添えられている点だ。
食品の詳細を開くと、
【傷が早く治る】
【風邪のひき初めに】
【熱が高い時に】
という説明文があった。
「これ薬代わりだ!」
日用品や装備に関しては、今の手持ちを考えるとかなり高めに設定されているが、食品はお手頃価格である。熱が高い時に効くらしい飴玉が五コインで、風邪の引き初めに効くらしいフランクフルトが二コインなので、品物ではなく効果に対しての価格設定だろう。体調が悪い時に、フランクフルトが食べられるかは置いといて……。
何にせよ、薬らしいものが無いこの世界では貴重なアイテムだ。
「早速試してみよう」
選んだのは【打撲が早く治る煎餅(塩味)】五コイン。数量を選び購入ボタンを押すと、「まいどあり~」と胡散臭い音声と共に画面から吐き出された。
透明のビニール袋で包装された白い煎餅。見た目は施設のおやつに出てくるそれである。
ダンジョンでの傷はいくつかあるが、幸いどれも軽症だ。ただ、ボス戦で壁に叩き付けられた右肩はそこそこ痛い。陽葵曰く、骨に異常は無いのでただの打撲だそう。
大したこと無いみたいに言われるとちょっと悲しい。
ショップには骨折に効く牛乳もあったから、もしヒビが入っていたとしても大丈夫そうだ。
恐る恐る煎餅をかじってみると、普通に美味しい。控えめな塩味とパリッとした食感。手のひらサイズのそれは数口で食べ終わってしまった。
「さて、どうだろうか……」
ゆっくり右肩を回してみる。
「いたた……でもちょっとましなような?」
光るなどの派手な演出は無いが、痛い部分がじんわりと温かくなっているのを感じる。様子を見つつ時折動かしてみると、その都度痛みが軽減されており、十分ほどで完全になくなった。
「すごい……手足の青あざも消えてる」
肩以外の打撲による症状も全て消えているようである。
「傷が早く治るチョコも……いや、止めとこう」
好奇心から買いそうになったが、自然回復で十分な範囲に使うものではないと思い留まる。
チュートリアルが終わった今、入手方法の分からないコインを消費するのは得策ではない。
「コインの入手方法を探さなきゃ」
薬の存在はありがたいが、気軽に使えないのでは素直に喜べない。高額商品があるのだから、チュートリアル以外での入手は可能なはずだ。
「あぁ……どれも欲しい」
おそらく自分でも扱える日用品、ドライヤーや電子レンジ等に心動かされるが、万単位のコインに気が遠くなる。現状、助けを借りて何とかなっているので優先順位は薬より断然下なのだが、この年齢で人に髪を乾かしてもらうのは恥ずかしいのだ。
「なんだこれ?」
元の世界であれば相当数をカートやお気に入りに入れてしまいたい気持ちでリストをスクロールしていくと、一番下に【?】と書かれたアイコンがあった。詳細を開いても、画像・商品名・説明が全て【?】で表記されているため、何なのかが全く分からない。
価格だけは明記されているが、その額なんと一億コイン。
「一億⁉ こわっ!」
半年かけて達成したチュートリアルでの総額が二千コインに対して、一億は吹っ掛けすぎではないのか。これが元の世界に帰るためのアイテムだったらどうしよう……。
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