第14話 初めてのおつかいでちょっと心配してたんだ

「行ってきます」

「気を付けてね。早めに帰んなね」


 夕方五時ごろ、宿を出て薄暗くなってきた町を歩いていく。


「おう坊主、今からお出かけかい?」


 門のところで身分証を見せていると、来た時に対応してくれた門番さんが声をかけてくれた。

 ギルド長のいない場所では、自分の存在が認知されていないのではと懸念していたが、どこに行っても「あんたが亜種か」とあっさり受け入れられてしまった。身分証を見せる前から「噂の亜種か」と声を掛けられるくらいに、ギルド長の広めた噂は浸透しているらしい。

 どんな噂かまでは知りたくないが、おかげでフードを被ることなく過ごせている。


「はい、ちょっとモンスターを倒しに行こうかと」

「あぁ、最近この辺りをうろついてるって話があったな。依頼受けてくれたんか」

「僕でも倒せそうだったので」


 目的地の王都に付くまで、何度か小さな町や村に寄って宿に泊まっている。その時、自分でも受けられそうな依頼があれば受けるようにしている。

 移動中はただ乗っているだけなのが申し訳なく、野営でも宿泊でも休む前のモンスター狩りが日課になっていた。得た素材や報酬は二人に受け取ってもらっている。

 ちなみに、二人とも元凄腕冒険者なので護衛とかは一切必要としていない。護衛をするどころか、休憩の時には手合わせしてもらっているので、そのお礼も兼ねている。


「この時期は多少モンスターの動きが鈍くなるとは言え、夜はまだまだ向こうの方が有利だ。気を付けて行けよ」

「ご心配ありがとうございます。先輩がいるので百人力ですよ!」

「おー! そうだった。天下のブラックプーカ様は頼りになるな」


 僕の噂にはもちろん先輩のことも追加されている。「あの伝説のモンスターをお供にしている」という点でも有名なようだ。


「ぴぴぃ!」


 任せろと鼻を高らかにならす先輩。


「「可愛い」」


 門番と二人でハモってしまった。

 


「ぴぃっ」

「てやっ」


 先輩の鳴き声を合図に、背後から襲ってきたモンスターを切りつける。

ショップで購入した【天使の輪っか】のおかげで自分の半径三メートルが明るい。暗闇の中では恰好の的だが、逆に言えば簡単におびき寄せられるのだ。モンスターが近づけば先輩が方向を教えてくれる。

 三メートルより先は真っ暗なので、攻撃を避けた先にモンスターが待ち構えている可能性もあるが、最悪切り札だ。素材ごと吹き飛ぶし、血まみれになるので極力避けたいところではあるが。

 この【天使の輪っか】。五〇〇コインと痛い出費ではあったが、なんと僕の魔力を補充することで何度でも使用可能なのだ。一人でも暗闇で活動できるのは大変ありがたい。

 唯一にして最大の欠点はその見た目。見た目は小さな輪っかの蛍光灯で、名前の通り天使の輪っかのように頭上に浮かせて使うのだ。

 正直、恥ずかしいので誰にも見られたくない。この世界には天使という概念はないようで、陽葵は「なんか間抜けな姿」と言っていた。

 足元に転がっているのは、最近街道沿いを移動する人々を襲っているというホーンモンキー。角付のGランクで、本来は荷物を盗むくらいで人は襲わないのだが……。

 この猿に限らず、魔女により制御されているであろう角付が狂暴化しているらしい。強さも実際のランクより上に感じる。これも魔王復活に関係しているのだろうか。

 

 トゥルルルル


 一通り倒し切って素材採取のために解体をしていると、着信音が鳴った。血まみれの手をぬぐい耳を引っ張ると陽葵からの着信だった。


「もしもし?」

『もしもーし、今大丈夫?』

「うん、モンスターの解体してただけだから。そっちは順調?」

『順調っちゃ順調なんだけど。苦戦はしてるかも』

「大量発生したモンスターの討伐だよね?」

『うん、オークキングが大量発生っていう意味分かんない内容』


 陽葵の言うオークキングは、僕が初級ダンジョンで倒したボスオークとは違い、正真正銘のヤバいオークのことだ。ランクは確かB級だったはず。キングというからには、オークの集団の中で一体しかいないはずだけど、今回はキングのみが大軍を作っているという異常事態だ。


『倒すの事態は簡単すぎるくらい。沢山いるしやけに気が立ってるんだけど、どれも一発殴っただけで倒せちゃうんだよね』

「陽葵のパンチならやれそう……」

『どいつもこいつも……人を化け物みたいに言わないでくれる? 普通のキングなら三発くらいは必要だから』


 A級冒険者といえども、三発素手で殴っただけでB級のモンスターを倒せる人は陽葵くらいだと思う。


「何に苦戦してるの?」

『それがさ、倒すのは簡単なんだけど数がね、減らないんだよ。倒しても倒しても、次の日には復活しちゃってて……』


 モンスターは魔王の力から自然発生するものだが、短いスパンで発生できるのはダンジョン内や「湧きスポット」と呼ばれる魔力が充満しているところくらい。

 今回の依頼場所周辺にはスポットがなく、そもそもオークが出現したことも無いそうだ。それなのにキングレベルが大量に……。通常の個体より弱いのも関係しているんだろうか。


『他のメンバーも倒すのは楽そうだけど、こうも終わりが見えないと疲弊してきちゃうよね』


 陽葵がこの依頼を受けて出発したのは、僕が街を出る二日前。移動は一日で済むと言っていたから、一週間はオークキングを討伐し続けていることになる。


『そっちはどう?』

「明日には王都に付く予定だよ。荷馬車の三谷さんご夫婦がとても良い人達で……」


 馬車酔いのことや夜の討伐のことなど、ざっくりと伝えた。今更の馬車酔いに電話越しから笑われているのが伝わってくる。


『元気そうなら良かった。初めてのおつかいでちょっと心配してたんだ』

「おつかいって……遠征って言って欲しいな」

『似たようなもんじゃん。せんぱーい!』

「ぴ!」


 肩の上で毛づくろいをしていた先輩が元気に返事をする。


『危なくなったら太陽を盾にして逃げるんだよ』

「ぴぃ♪」


 お決まりのセリフに小さな前足をぴっと立てて返事をする。


「先輩、さっき任せろ!って感じだったじゃん~」

「ぴー?」


 すっとぼけるように首を小さくかしげる。可愛い。


『じゃぁ本番も気を付けて』

「陽葵もね」


 通話を切って画面を閉じようとすると、ポップアップが表示された。



 素材をコインに変換しますか?



「え……変換!?」


 素材とは解体中の猿のことだろうか。

 最近は素材の前でメニューを開くことが無かったから気が付かなかった。チュートリアル中はクエストの確認で開いていたが、その時は無反応だったため、おそらくショップ開放後から可能になったのだろう。

 【はい】を選択すると、解体済みの素材がすーっと消えていく。他の人のカバンに納まっていく様子と同じである。

 完全に消えた後、【変換完了】の文字と百コインの文字が表示された。


「大体十分の一くらいかな」


 コインになった分の素材は、ギルドで換金すれば千チョムくらいのはず。手に入るアイテムの貴重さを思えば、十分の一でも問題はない。


「これでアイテムが沢山買える!」


 回復系や戦闘系のアイテムを気兼ねなく購入できる。つまり、活動の幅も大きく広がるということだ。

 これまではダンジョンの浅い所までしか行けなかったが、今後はもっと深く長く潜っていける。

 元々素材採取は諦めることが多いため、チョムへの換金頻度が変わることは無く、周囲に変に思われることも無いだろう。


「チョムの十分の一ってことは……あのアイテムが十億チョムってこと!? こわっっ!!」


 ショップの一番下にある謎アイテム。陽葵がこれまでに稼いだ金額が一億チョムらしいから、気が遠くなるほどの価格だ。

 ちなみに、ノーム曰く十代で億を稼ぐのも異常な話だとのこと。


「S級モンスターをバンバン倒せたら稼げるかな……」


 存在している以上は何かしら意味があるのだろうし、価格からして超重要そうだ。帰還に関わる可能性も高いため、出来れば購入してみたいのだが……。


「しまった! 魔石!」


 素材があった場所に目をやり、討伐報告に必要な魔石まで変換してしまったことに気が付いた。

 通常はメニュー内の受注クエストとカバン内の素材習得状況で自然とクリアになるのだが、それができない僕は魔石での判定になる。

 今回の目標数は十体。解体中+未処理が五体だから半分しか倒してないことになってしまう。


「先輩、おサルさんまだこの辺りにいる?」

「ぴー……」


 首を横に振る先輩。


「まぁ、仕方ないか」


 今回は諦めよう。報酬は得られないけど、実際は二十体ほど倒している訳だから町の人の安全は確保されるだろう。

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