第15話 可愛さは殺人級

「ニンジンとサラダと……チーズハンバーグ定食をお願いします」


 残りのモンスターを解体・変換した後、役場に報告に行った。未達成だと不安にさせてしまうかと思い、倒したことと魔石を持ち帰れなかったことだけを伝えたのだが、ギルド長お墨付きの身分は信用度が高く、報酬の八割を支払ってくれた。

 一度宿に帰りご夫婦に報告したところ、美味しいお店がまだ開いてるよ、とここを教えてくれた。

 夕飯は手持ちの保存食でいいかと思っていたので、温かいご飯に間に合うなら嬉しい。


「美味しそう……いただきます!」

「ぴ!」


 運ばれてきたのはボリュームたっぷりの定食。

 アツアツのハンバーグの上でとろけているたっぷりのチーズが、視覚・嗅覚を盛大に刺激する。付属のサラダはみずみずしいし、ポタージュは野菜がたっぷり溶け込んでいて濃厚だ。

 おかみさんの和風ハンバーグも最高だけど、洋食店のこってり料理は討伐後に食べると格別に美味しい。

 先輩もニンジンとサラダを美味しそうに食べている。一応モンスターということで何でも食べられるらしいけど、好きなのはやっぱり野菜で一番はニンジンらしい。

 

 ガタン

 残すところ数口というところで、突然目の前に人が座った。

 閉店が近い店内はガラガラで、他の席が選び放題な中での相席。マントのフードを深くかぶっていて顔は見えづらいが、若い男であることは分かった。


「こ、こんばんは」


 空いている時に相席してはいけないルールはないし、一人のご飯が寂しいのかもしれない。とりあえず挨拶をしてみるが……


「……」


 無視である。

 食べ終えて机の上でうとうとしていた先輩も、僕の肩へと移動した。

 メニュー表を見る様子でも注文する様子でもなく、黙って座っている。不気味に思いつつも、残り少ない料理を口に掻き込んでいく。


「ごちそうさまでした」


 両手を合わせて食事の終了を宣言するが、どうにも立ち上がりにくい。目の前の男はずっとこちらを見ているのだ。

 フードから覗く緑色の瞳はどことなく濁って見えた。


「あの……何か?」

「……」


 用事があるのかと聞いてみるが、無反応である。


「じゃぁ、僕はこれで……」

「待て」


 席を立とうとした時、ようやく男は口を開いた。かなり低い声で少し聞き取りづらい。


「お前は本当にノームなのか?」

 やっと口を開いたと思ったら、不躾な質問である。口調と声のトーンからは敵意を感じる。


「ノームの亜種です」


 身分証を男の前に差し出した。男は手に取るでもなく、身分証と僕の顔を交互に睨みつける。


「何を持って亜種と言っている? どう見ても違うだろう」

「違うから亜種なんですよ。僕は他のノームと共に精霊の間(ま)で目覚めましたが、色以外の見た目や能力は別のものでした。生まれるために必要だった精霊の力が不十分だったことが原因でしょう。そんな僕でも、ギルド長はノームと認めてくれています。だからこうして身分証も発行してくださっているんです」


 これは最初に決めた設定。偉大なる精霊・ノームの長が認めたことに異論だてる人間はほとんどいないが、それでも疑り深い……魔王とその仲間を心から憎んでいる人間はいる。

 精霊以外の象徴ナシはモンスターか魔族か異世界人だ。


「……」


 納得できていないのか、黙り込んだままピリピリした空気が流れる。これまで、誰にも疑われたことが無いので調子に乗っていた。自分は討伐対象なのだと、改めて肝に銘じなければ。


「その」


 どうしたものかと冷や汗をかいていたら、男が先輩を指さして言った。


「その兎は本当にブラックプーカなのか」

「本当ですよ。先輩」


 先輩に対する視線は僕に対するそれとは違い、敵意ではなく興味であった。

 危険はないと判断し、先輩に男の前へと出てもらう。嫌がらないので先輩も大丈夫だと思ったのだろう。

 モンスターを前にすれば種族や名前を確認することができる。男は空中を見て驚いた後、先輩を食い入るように見つめた。


「こんなに小さいんだな……記録では山ほどの大きさだと……」


 いろんな角度から見つめながらぶつぶつ言っている。サイズが自在なのは知っているが、まさか山サイズにもなれるのだろうか……。

 巨大化した先輩に乗れば移動も早いのでは……と思ったところで首を振った。サイズと共に質量も増すのだ。山ほどとはいかなくても、大きくなればスピードも落ちるし足元は壊滅してしまう。


「ぴっぴっ」


 見られすぎて恥ずかしかったのか、もじもじしながら小さな手で顔を隠した。


「うっ……!!」


 男は胸元を抑えて机に突っ伏す。分かる、分かるよ。先輩の可愛さは殺人級だよね。


「あの、もう良いですか? お会計をして帰りたいので……」


 奥で店員さんが時計を気にしているのが見える。気が付けば閉店五分前だ。


「……」


 ガタン

 男は無言で立ち上がり、最後に僕を一睨みして去っていった。結局注文もしないし、一体何だったんだろうか。

 もやもやを抱えつつ、急いでお会計をして店を後にした。

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