第27話 魔女様……?
【天堂陽葵】
「え?」
突如眼前に広がった景色に、状況の処理が追い付かない。
ほんの数秒前、太陽の昇級を喜んでいた筈なのだけど……。今は何故か、どこまでも続いていそうな花畑の中に立っている。見上げても天井はなく、少し霞んだ青い空に綿雲がふわふわと浮かんでいた。
「どこ……」
ギルドではない。そもそも現実なのだろうか。
頬を撫でる暖かな風と、それに運ばれてくる草花の香りが五感を刺激するが、どうにも地に足着かない感覚でそわそわしてしまう。
「?」
夢と現実の狭間のような心地に戸惑っていると、誰かに呼ばれた気がした。振り返ってみると、後ろは穏やかな丘になっており、登り切った所には大きな木が生えている。
風に揺れる枝葉が「こちらへ」と誘っている気がして、私はゆっくりと丘に続く道を進み始めた。
「大きい」
辿り着いた木はやはり大きくて、幹は両手を伸ばしたくらいの太さがあった。新緑が穏やかに揺れ、葉擦れの音に合わせて木漏れ日が遊ぶ。
春の陽気も相まって、この場所に寝転んでしまいたい衝動にかられた時……。
「魔女の絵本?」
足元に落ちている物に気が付いた。拾い上げたそれは、子供のころに何度も読んだ懐かしい絵本。きっと、四つの国全てで読まれてきたであろう魔女の物語。
懐かしみつつページをめくっていくと、記憶の通りのお話に切なさを覚える。異端な存在として扱われていた幼少期が、この少女たちと重なってしまう。
昔々、世界樹に守られた豊かな土地を持つ大陸で、人類は仲睦まじく暮らしていました。
しかしある日、平和な世界は一変します。
突如魔王が君臨し、世界は混沌と化したのです。魔王は、手下の魔族や魔獣を率いて人類を滅ぼそうとしました。
異次元の力に立ち向かう術の無かった人類は、強大な力の前に絶望するしかありません。
そこで、四人の魔女が立ち上がったのです。
彼女達は人でありながら膨大な魔力を持っており、他の人類を怖がらせないようひっそりと暮らしていました。
今こそ、この力を使う時。四人は人類の危機のため、力を合わせ魔王と戦うことを誓うのです。
問題は、彼女たちには物語の聖女のような悪を滅する力が無いことでした。それどころか、膨大な魔力を扱いきれず戦う力は無いに等しい。
困った彼女たちは大陸に宿る四つのエレメントに相談し、一つの答えを導き出します。
彼女たちが導き出した答え。
それは大陸の中心にそびえ立つ世界樹を通して、魔力を人類に分け与えることでした。
世界樹の根は大陸全土に広がっており、人類は根から伝わる魔力を受け取り力を手に入れました。
そうして、魔女の力を手にして戦う冒険者達が誕生したのです。
彼らはギルドを作り仲間を集め、切磋琢磨しながら己を鍛え、パーティを組み敵に立ち向かいました。
無力だった人類の反撃に驚きながらも攻撃を続ける魔王軍。戦いは百年もの間続くこととなりました。
長い戦いの末、四組のパーティが手を取り魔王討伐を成し遂げました。
魔王討伐後も、魔族や魔獣は生き残っていましたが、その力は格段に弱まっていきました。
偉業を成し遂げたパーティのリーダーたちは勇者と呼ばれ、それぞれの魔女の影響が強い場所を堺にして四つの国を起こします。
魔女と共に戦いをサポートしていたエレメントは、戦いで傷付いた世界を癒すため、人類と生きることを選択します。
一方、魔力を世界中に送り続けていた魔女達は死の淵にいました。
百年という、人類にとっては長すぎる時間を費やし限界まで力を使った彼女たちは、もはや抜け殻に等しい状態となっていたのです。
まだ倒すべき敵は残っているけれど、あとはエレメントたちが力を貸してくれる。人類も戦い方を覚えた。
世界の平和に安堵しながら静かに目を瞑ろうとした時……彼女たちの体は光に包まれました。
優しい光が静かに消えて行った後、自身の変化に驚きます。己の全てを使い果たし、枯れ果てたはずの体が百年前に戻っていたのです。
魔女と呼ばれた少女たちが、真の魔女へと生まれ変わった瞬間です。彼女たちは感じました。
以前と比べ物にならない程に魔力が増えていることを。
もう老いることはないのだと。
この国を守り続けるために生まれ変わったのだと。
以降、魔女たちは人類の為に魔力を送り続けているのです。
「あれから千年という長い時が経ちました」
読み終えて表紙を閉じた所で、木の反対側から声がした。少し低い、落ち着いた少女の声。
絵本の続きのようなセリフをこのタイミングで発するのだから、こちらの様子を把握しているのだろう。危険な感じはしないため、声の元へと向かう。
「勇敢なる勇者たちの手で討たれた魔王ですが、ついに復活の時を迎えようとしています」
私と同じ年くらいの女の子が、木を背もたれに腰を下ろしていた。目の前に立ってもこちらを見ず、悲し気に、しかし淡々と話を続ける。
「魔女様……?」
長く真っ黒なストレートヘア。控えめなツリ目に黒い綺麗な瞳。表情は無いものの、整った顔にはノームの面影があった。
誰も魔女様を見たことは無いが、その姿は絵本に描かれている東の少女そのものだ。この世界で黒髪・黒目は魔女様と地の精霊だけ。異世界人の太陽は特別として、例外はないはずだ。
決して会うことは無いと思っていた存在だからか、彼女を見つめると心臓がキュウッと掴まれたような苦しさを感じる。
「私たちは、千年前のあの日。魔王が倒されたあの日に、いまわの際に夢を見ました」
黒い瞳は私を映すことなく、原稿を読み上げるかのように話す。きっと、どこか別の場所にいるのだろう。もしかしたら、私だけでなく全員が同じ状況なのかもしれない。
このまま立っているのもどうなのかと思い、なんとなく、本当になんとなく彼女の横に座ってみた。不思議と緊張はしていなくて、横に並ぶことで胸の締め付けは幾分和らいだ。本来の場所に納まったような、そんな安心感さえある。
「魔王は復活します」
「まじか」
さっきも聞いた気がするけど、言っているのが魔女様と分かれば驚きも増す。
「最近、モンスターの様子がおかしいのと関係してるのかな」
先日のオークキング大量発生の件や、太陽から聞いた角付の狂暴化の事を思い出す。
「しかし、同時に勇者となる方々も、今この世界に存在しているのです」
「勇者……」
絵本の勇者とは別人だと思うが、勇者と聞くとつい眉をひそめてしまう。
次の更新予定
2024年12月29日 20:00 毎週 日曜日 20:00
魔女はいまわの際に夢をみる 砂田 透 @sata-toru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔女はいまわの際に夢をみるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます