第26話 魔女のお告げ
日がすっかり昇り切った午後二時。僕と陽葵は施設の裏庭にいた。
「いつまでふてくされてるのよ……」
朝から頬のふくらみが止まらない僕に、陽葵が呆れ声で言う。
「やり過ぎたって謝ったじゃない」
「失言は反省してるけど、朝まではなくない?」
「風邪を引かないように布団かけてあげたでしょ」
「あれはかけたって言わない」
夜中に簀巻き状態で放り出された僕は、明け方にやってきた新聞配達のお兄さんに救出された。布団のおかげで確かに暖かく過ごせたけど、数時間動かせなかった体はバキバキだ。
「先輩も一緒に抗議してよ」
「ぴー」
先輩に加勢を求めたら、ため息をつきながら陽葵の肩に飛び移った。悲しい。
「しつこい人は嫌われるよ~。ほら!」
ぐさりと刺さる一言を放ちながらメニューを操作すると、裏庭一杯に素材の山が出現した。
王都の討伐で茉莉花が送信してくれた素材たちだ。僕自身は取り出すことができないが、誰かのカバンと連動させることで代わりに引きでしてもらえる。
もちろん、信頼できる人にしか頼めないが。
「これまた凄い量だね~」
「ここまでとは……」
建物の三階に届きそうな程積み上がった素材を見上げる。
本当は依頼報告の時に換金しようとしたのだが、茉莉花に断られてしまった。
―魔石のお礼。全然足りないけど、戻ってゆっくり換金して。
指導してもらったのはこちらなので気が引けたが、チョムではなくコインに変換できるのでありがたく受け取った。のだが……。
「これAランクモンスターの素材じゃん」
陽葵が手にしたそれは半円の宝石のようなもので、どこか怪しげな光を放っていた。
「うっそ、綿まである!?」
噂のS級素材……。
「え……これ、え? エリクサー!?」
この世界の最上級のポーション。金額は確か……。
どうやら、彼女のカバンの中身をそのままプレゼントしてくれたらしい。
いや、貰いすぎだろ!!
「何者なんだろうね、その、茉莉花って子」
「……陽葵のファン、かな」
一緒に報酬額を確認した時に震えていたから、金銭感覚が狂っている訳ではないはず。大事なものまで間違って送ってるんじゃないだろうか。
「身に覚えがない物はしまっておくよ」
次に会ったらお返ししよう。怖すぎて手が出せない。
「それが良いわ」
鉱物大鹿の素材だけをコインに変換していく。ダイヤモンド(追憶)については、今後のチョム貯金として持っておくことにした。
「潤沢……」
全ての素材を変換し終わると、ショップのコイン欄の残が五十万近くなった。一番高価な角は全て提出しているものの、あの量があればこうなるのか。
ドリアンの効果か、通常の素材や魔石も良質なものが多かったようで、恩恵がすごい。
「これだけあれば……」
「止めときなよ?」
電子レンジに大きなコンロ、ドライヤーに掃除機、今の自分には魅力的で仕方がない商品の数々を眺めるが、陽葵に制止された。
「ダメだよね……」
「楽したいってだけで使わないんでしょ?」
昨夜の僕の言葉を引用されてしまう。
おそらく僕の魔力で動くそれらは、薬効果のある食品と違い遥かに高値だ。電子レンジ(魔力レンジか?)なんて安い物でも十万以上はする。ショップ品はカバンに仕舞えるから遠征先でもチンが出来るのは非常に魅力的だが、今の優先順位は戦闘補助だ。
「今回はこれだけ」
ずっと欲しかった商品の購入ボタンを押す。
一万コインが消費され、画面から「まいどあり~」という胡散臭い音声と共に吐き出されたのは、【普通の腕時計】だ。時間の確認の度にメニューを開かなければいけなかったので助かる。
見た目はいたってシンプルで、ステンレスのような素材のそれを腕に装着すると針がグルングルンと動き出した。動きは次第にゆっくりになり、今の時刻で止まった。
いつかタイマーや温度計付も欲しいな。
「これからギルドに行くんだっけ?」
「うん。新しいクエストを探しに行きたくて」
王都から戻ったばかりだが、早く茉莉花や三谷さんに教わったことを実践して自分のものにしたい。
ギルドで臨時パーティーを募ってみるのも良いかもしれない。僕を入れてくれる人たちがいればだけど……。
「んー? おかしいなぁ」
一緒に来た陽葵が、クエスト掲示板を見て首をかしげる。
「どうしたの?」
「良さげな依頼は沢山あるんだけど、どうにも受ける気にならなくてさ。でも理由が分かんない」
見ると、依頼はいつも通り沢山貼られており、難易度も仕事内容も幅広い。
陽葵が好きそうな高ランク向けの討伐依頼も見受けられるが、何か引っかかることがあるんだろうか。
「あ、太陽さん!」
声を掛けられ振り向くと、丸眼鏡のノームがいた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
僕の挨拶に笑顔で応えてくれる。何かのファイルを複数両手で抱えて、首をコテンと倒すさまは天使のようだ。王都のノームは少しお堅い子が多かったので、なお更愛らしさが眩しい。
「王都でのクエストお疲れさまでした! こちらでの依頼とあちらでのCランク依頼の達成を加味いたしまして、太陽さんの昇級が確定いたしました!」
「ほんとですか!」
Eになるまでの期間を考えたら、次は相当かかるだろうと踏んでいたので、こんなに早く認められるなんて嬉しい誤算だ。
これも茉莉花のおかげだろうな。誘ってもらえて、一緒に戦ってもらえて感謝しかない。
受付に誘導されてカードを魔具にかざすと、フォンっという音がする。真っ黒なカードに【D】という金文字が数秒浮かび消えた。
「おめでと~」
「ありがとう!」
これで今日からDランクの依頼も受けられる。ウキウキで掲示板に戻ろうとした時、それは起こった。
パッパラパーン!
広いギルド内に大音量で響き渡るラッパ音。
その音を聞いた瞬間、陽葵が床に倒れた。
「陽葵!? え、他の人も……どうしたの!?」
陽葵だけじゃない。目の前に座っているノームも、ホールにいた他の冒険者や商人も、皆倒れていた。
「先輩!? 寝てる……?」
ポケットに入っていた先輩も反応がない。慌ててポケットから出すと、僕の掌の上で丸まって、気持ち良さそうに眠っているようだった。
陽葵も他の人たちも、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
「コングラッチュレーション!!」
メニューが開き、音声と共にデフォルメされたキャラクターが登場する。
白いパナマハットと白いスーツに身を包み、白い杖を片手にこちらに一礼する。
あの男だ!
この世界で目覚める前。ふざけたオープニングの後に現れた怪しい男が、再び目の前に映し出されている。
「Dランクへの昇級おめでとうございます! 時間がかかっているようで心配しましたが、無事到達出来て良かったです」
白い手袋をした手を口元に当て、ケラケラと笑っている。馬鹿にしているのを隠そうともしない様子に、いら立ちが増す。
「他の皆様も待ちくたびれていることでしょうから、本当に良かったです」
「他の……他国の異世界人のこと!?」
「何やら煩わしい介入があるようでヤキモキしましたが、条件を達成できましたので良しとしましょう」
僕の質問に答える気はないのか、それとも聞こえていないのか、男は一人で話を続ける。
「これより待望の本編スタートです。現在、この世界の住民の皆様は夢の中で魔女のお告げを受けています。一度お外に出られてみては?」
建物内にいることを把握している。話しぶりでは僕にだけ向けているようだし、先ほどのはやはり無視されたのか。
問い詰めたい気持ちはあるが、どうせ答えてはくれないだろうと素直に外に出る。
「何これ……」
外に出ると、空一杯に何か映像が映し出されていた。
「オープニングか!」
どこか見覚えのある絵本タッチの映像は、あの時見た胸糞オープニングと同じだった。
「素敵なオープニングの後には素敵なクエストが発表されますので、是非お楽し……っち!」
話している途中で、何かに気が付いたように眉を寄せ舌打ちをする。
「折角のイベント中ですが、私はこれにて失礼いたします。それでは良いゲームライフを」
「あ、まっ……」
男は深々と一礼をして画面から消えて行った。
空に移された映像は、力を使い切った少女たちの場面になっていた。音声は聞こえないが、見ているだけでも怒りが込み上げてくる。
顔をそらすと、開きっぱなしのメニューに
【メインクエスト:魔女のお告げを受注中】と表示されていた。
「これ……」
目に留まったのは、自分を模したキャラクターの顔の横。ずっと真っ白だったアイコンが、扉のマークに変わっていたのだ。
【あれから千年という長い時が経ちました】
これまで無音だったのが一転、少女の声による語りが空から降ってきた。呟くような、悲しみを含ませたような声に、胸が締め付けられる。
何故だろうか。この声を知っている気がするのは……。
映像は黒いシルエットのみが映し出されていた。髪が長いことだけうかがえる。
【勇敢なる勇者たちの手で討たれた魔王ですが、ついに復活の時を迎えようとしています】
千年後の魔王復活。
少女たちが見たという夢の通りになっている設定か。
「続きを聞かなきゃいけないのに……」
これからクエストの内容が明かされるというのに、新しく表示されている扉のアイコンが気になって仕方ない。
【私たちは、千年前のあの日。魔王が倒されたあの日に、いまわの際に夢をみました】
あぁ、駄目だ。どうしようもない程、アイコンをタップしたい衝動に駆られる。
【魔王は復活します。しかし、同時に勇者となるべく方々も今この世界に存在しているのです】
きっと、夢でお告げを聞いている人々は歓声を上げているだろう。絶望的なニュースの後の希望。それが魔女様から告げられているのだから。
「押すだけなら……」
クエストのストーリーが進行中だ。きっと反応はしないだろう。このままでは話が耳に入ってこなくなりそうだ。
入室しますか?
反応してしまった。迷う間もなく、【はい】を押している自分に驚く。
「ここは……」
今の自分が一番初めに見た光景が広がっている。あの真っ白な空間の中に立っていた。
違う所は、目の前にドアがあること。
普通の住宅にある普通の茶色いドア。コルクで出来たネームプレートがかかっているが、文字がどうにも読めない。日本語だとは思うが、認識できないと言った方が正しいかもしれない。
コンコンコンッ
ノックをしてみるが返事はない。入室しますか? の問いに「はい」と答えたのだから、入室したところからスタートして欲しかった。
「失礼します……」
依然、開けたいという衝動は続いており、恐る恐るドアノブに手を掛けた。
「女の子の、部屋?」
ゆっくりと足を踏み入れた先は、六畳くらいの小さな部屋だった。ベッド・学習机・ローテーブル・低めのタンスが配置されているが、綺麗に整えられていて圧迫感はない。
ローテーブルの下にはふかふかのラグが敷かれ、可愛らしいクッションも置かれている。
全体的に同系統のパステルカラーでまとめられており、落ち着いた雰囲気だ。
「これ、毛糸のぬいぐるみ?」
タンスの上に飾ってあるのは、この世界では珍しいとされている毛糸製のぬいぐるみだ。よく見ると、小物や壁にかかっているカーディガンなども毛糸で出来ているように見える。
「どうしたら良いんだろう……」
誰もいない部屋。それも知らない女子の部屋に男が一人立っている状況は、元の世界なら即通報案件だ。
窓はあるがカーテンは締まっており、外の様子は分からない。壁際にベッドが設置されているが、小さめなので乗ることなくカーテンの開閉は出来そうだ。
「勝手に開けちゃ駄目だよね」
入って良いから入れたのだろうが、物を触る気にはなれない。
キィ……
結局所在なく佇んでいると、ゆっくりとドアが開いた。
慌ててドアの方に振り向き両手を上げる。両手を挙げたのは反射的だったが、余計に怪しかっただろうか。
「あ、お邪魔してま……す……」
目の前に立っていたのは女の子だった。
自分と同い年くらいで、真っ黒な長いストレートヘア。少しツリ目だが、目じりの上がり具合に反して下を向く短い眉毛が、全体の印象を柔らかくしている。
角はない。
目にした瞬間、かつてない程に胸が締め付けられ、見つめたまま身動きが取れなくなってしまった。頬に伝う感触で、また自分が泣いているのが分かる。
少女もまた、僕を真っ黒な瞳で捉えたまま動かなかった。
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