第16話 パワハラですか?
翌日の昼過ぎ、無事に王都に辿り着いた。
国で一番にぎわい発展している街。見上げる程高い塀……というより壁の中には、記憶の中の東京を思わせる街並みが続いていた。
街中がお祭りの準備で忙しそうにしている。見て回りたい気もするが、まずはお仕事だ。
運んできた荷物を順番に依頼主の所へと運んでいく。僕の役目はリストのチェックと、積まれている荷物の中から該当の商品を探し出すこと。
大量に積まれた荷物は全て同じお店で製造された靴だった。一つ一つがオーダーメイドで、皆お祭りのために新調しているらしい。
「この店の靴は有名でな。他国からも時折注文が入るんだ。祭りの時期は半年前から予約で埋まっちまうんだと」
有名な分、運送中の盗難が頻発するため、腕っぷしの強いお二人と専属契約を結んでいるそうだ。
この世界にインターネットはないけど、書店に行けば各地のお店がカタログを販売している。そこから手紙や通話で注文ができるシステムとなっている。
靴を受け取る人々は、皆同様に笑顔を咲かせる。念のためにその場で履いてもらうと、嬉しそうにタップをしたり回ってみたり。
届けただけなのに、こちらまで嬉しくなる。
荷台がすっかり空になるころには日が傾きかけていた。
「今日はお疲れさん。手伝ってもらって助かったよ」
「やっとお役に立てて良かったです。お客さんの笑顔で疲れなんてふっとんじゃいました」
「な! あの顔見たさに続けてんだわ」
「作った方が直接見られないのは残念ですけど……」
「良いんだよ、あいつは作るのが楽しいんだから。喜んでる様子を伝えたって、「そうか」としか言わねーんだ」
「店主さんと親しいんですね」
「まぁ腐れ縁だわ。冒険者の時に助けたのが最初かな。引退した後もこうして食っていけてるのはあいつのおかげだし、感謝はしてるよ」
「愛想は無いけど、素直な良い子さね」
荷馬車を宿に置いてきたおばさんが戻ってきた。
「はい、これは今回の報酬」
手渡されたのは深い青色のコート。今回は王都まで乗せてもらうことがメインだったので、報酬はいらないと伝えていたのに。
「あの、これ……」
足まですっぽり覆えそうに長いコートだが、羽のように軽く、持っている手から暖かさが伝わってくる。
「今話してた店主が昔作ったやつだ。北の国の要人からの依頼で作ったらしいけど、相手の態度が気に入らないって理由で渡さなかったんだと」
「え、それは大丈夫なんですか……」
「んー、それが大丈夫なのよ」
夫婦は顔を見合わせて困ったように笑っている。
隣国の要人の依頼を蹴っても大丈夫な職人て……。思っている以上にすごい人なのかもしれない。
「これから寒くなるから。あなたは体が弱いみたいだし、これで温かくしなさいな」
「でも、今回の報酬は無しでと……」
「黙って受け取っとけ。道中の稼ぎ全部寄こしてきたんだ、こっちが貰いすぎだろうが」
でもそれは指導の対価であって……。いや、有難く貰っておこう。
「ありがとうございます、大切に着させていただきます!」
「じゃぁ、帰りは四日後ね。お祭り初日だけど、出発は夕方だから楽しんで」
二人と別れた後、冒険者ギルドへ依頼達成の報告に行った。完了のサインを貰った依頼書と、本来の目的である採取の依頼書を出す。
担当のノームは抑揚のない話し方で淡々と処理をしてくれた。
「本日完了の運搬補助の依頼ですが、報酬は無しでよろしいですか?」
「はい、先ほど直接頂きましたので」
「依頼主に不当な依頼料で納得させられたなら、ギルドから抗議いたしますが?」
「とんでもない!?」
そうか。正規の依頼料を反故にして、裏で安く済まそうとする場合もあるのか。今回は完全に善意なので誤解を解かなければ。
「……というわけで、こちらを頂いてしまいまして」
「失礼します」
これまでの経緯を簡単に説明し、貰ったコートを見せた。ノームはコートを受け取り、表情を変えることなく確認をしていく。
「ありがとうございます。釣り合ってはいませんが、正当な報酬であることを確認いたしましたので、この件は以上となります」
釣り合っていない……。やはり要人からの依頼で作ったコートは高いよな。ノームから返ってきたコートは、軽いはずなのにやけに重く感じた。
「続いてこちらの依頼ですが、ギルドの上階にある宿がセットになっております。三泊までとなりますが、いかがいたしますか?」
「出発が四日後なので、四泊したいんですが……」
「かしこまりました。超過分は先払いとなりますので、三五〇〇チョムお願いいたします」
朝食と夕食付きで一泊三五〇〇チョムはお安い。街の宿はお祭りの時期に値段が跳ね上がると聞いていたので、続けて泊まれるのは助かる。
「丁度いただきました」
魔具にカードをかざして支払いを終えると、なんだかクレジットカードを使っている気分になる。
「行こうか先ぱっ」
ドンッ
部屋の鍵を受け取って振り返ると、誰かにぶつかってしまった。視界には男性の胸元があり、かなり背の高い人だなと見上げる。
「すみません……え!?」
見上げた先にあったのはギルド長と同じ顔。格好は何故か部屋着のような上下組だが、イケメンは何を着ても様になるのだな。
「ギルド長、表に出るならきちんとした格好でお願いします」
「今日はオフだって」
「オフでも代表という自覚をお持ちください」
この人もギルド長なのか。ノームが同じ顔なように、ギルド長も同じ見た目をしているなんて、設定を手抜きしすぎじゃないだろうか。
「問題ねぇよ、今はお前らにしか見えてないもん」
「そういう問題ではありません。他の職員にも示しがつかないと」
「あーはいはい。とっとと退散しますよーっと」
淡々と注意をするノームの言葉を遮り、僕の腕をグイッと引っ張った。
「ちょ、あの!?」
そのまま奥の扉へと連れていかれる。
「あ、太陽さん!」
「あれ、君は……」
ギルド長室に着くと、書類を抱えた三つ編みちゃんがいた。彼女は確かあっちのギルド長の秘書的な感じの……いや、ノームだから他人の空似か?でも僕の名前を……。
ここも、何度も訪れた部屋とそっくりだ。
「ふぁぁ~来るのが遅いから寝ちまったじゃねぇか」
どさりとソファに腰掛け欠伸をするそっくりさん、もとい……。
「え、ギルド長ですか?」
「はぁ? 他に誰に見えんだよ」
格好は違うが、口の悪さと態度のでかさはまさしくギルド長だ。
「だって、こんなに離れた所にいるとは思わないじゃないですか……。てっきりノームみたいに同じ顔の人が各街のギルド長なのかと」
「やめてくださいよ! こんな人が何人もいたら大変じゃないですか!」
「ちょっと待て、どーゆう意味だ。優しいだろ俺」
「そのままの意味です。お優しいのは知っていますが、仕事を放り投げるのは困ります!」
そういえば、三つ編みちゃんはよくギルド長を探し回っているな……。
「後でやるって」
「今して欲しいんです! これも!!」
ギルド長の目の前に、抱えていた書類をダンッと置いた。高さが十センチくらいはありそうだ。
「だから今日はオフなんだって」
「精霊にオフも何もありません。勝手に作らないでください」
「お休み無いの!?」
確かにいつギルドに行っても、同じ子を見る気がしてたけど……。精霊だって休みは必要なのではないだろうか。
「私たちは人で言うところの働いているという感覚はありません。生きること=仕事をするという事なのです。そのために生まれているのですから」
なんて鬼畜な話だ。トップはこんなにだらけているのに、部下は社畜扱いだなんて。
「おいおい、誤解すんなよ。俺はちゃんと週休二日制でギルドを運営してんだよ」
僕の睨みにため息をつきながら説明を始める。
「交代で休めっつってんのに、勝手に出勤しては俺にも仕事をしろって強要してくんの」
「休んですることも無いので」
「趣味を持て」
「仕事です」
「じゃぁ寝てろ」
「パワハラですか?」
「なんでだよ」
こんなやり取りがしばし続いた。
「コホンッ すみません、話がそれましたね」
結局、お互いの主張は平行線だったが、いつものことらしく落ち着きを取り戻した。
「ギルド長はお一人だけです」
「あの街の~じゃなくて、この国のギルド長様な」
「でも、あんなに離れていたのにどうやって……」
「この執務室は日本国全部のギルドと繋がってるんだよ。街が大きかろうが小さかろうが、な」
国全部のギルドを管轄していたら、それは仕事を休んで欲しくないだろうな。
それにしてもそんな便利なシステムがあるなら、皆で使えるようにしてほしい。
「便利ですが、各地と繋げられるのはギルド長だけなんですよ。私たちノームも移動はできません。使えたら、どこまででも追いかけられるのですが……」
心の声が口に出てしまったかと焦ったが、この子の声でもあったらしい。非常に残念そうだ。
「はぁ……、まぁいいや。王都に来た感想は?」
椅子に促されるまま座ると、三つ編みちゃんがお茶を入れてくれた。今日は暖かい緑茶だ。
「都会って感じですね。高い建物も多くて人も多い。皆が楽しそうなのはお祭りが近いからでしょうか」
東京の街並みそのものだが、記憶のそれよりも人々の表情が明るく、生き生きしているようだった。
お祭りまでまだ四日あるが、初日の王様の誕生日から十日間も続くらしいので、準備も相当時間をかけているのだろう。
靴を届けた人々も、王様の誕生日を心からお祝いしているようだった。
「僕の元居た世界の国は王政じゃなかったのでピンと来ないですが、この国の王様はとても国民に慕われているんですね」
「良いやつだよ。人の上に立つために生まれてきたんだと本気で思う」
ギルド長の表情と声はどこか悲しげである。
「だからさ……あいつが困ってたら助けてやって欲しいんだ」
何を話すにもひょうひょうとしているのに、この時初めてギルド長の真剣な顔を見た気がする。
どんな意味なのか、今は聞いてはいけない気がして「はい」とだけ答えた。
「僕にできることになら精一杯やります」
「ぴ!」
先輩も力強く返事をした。
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