第17話 苦しみたいド変態くらいだろうよ
「ここ座っても、良いっすか?」
ギルド長お勧めの居酒屋でご飯を注文した直後、見知らぬ青年に話しかけられた。
褐色の肌に金色の髪・瞳で、絵に描いたようなイケメンだ。席が空いている中での相席希望は先日のフード男と同じだが、あちらと違ってフレンドリーなので好感が持てる。
「良いですよ。……あれ?」
目の前の席を手のひらで示したところで、あることに気が付く。
「あ、もしかしてガルーシャ人見るの初めてっすか?」
驚いた顔で頭を凝視してしまったのが分かったようで、失礼なことをしたと反省する。青年の頭に、見慣れたはずの二本角が無かったのだ。
「ガルーシャって南の……あ!」
ここでようやく思い出した。
白い空間で各国の紹介があった際、確かに象徴の形が違っていた。だが、東の日本以外の象徴が何だったのか思い出せない。
「あ?」
「あ、いや、ガルーシャ人だけじゃなくて、この国の人以外見たことが無くて」
「へー! 王都は結構他国の人間が出入りしてるって聞いてたんすけど、確かにめちゃめちゃいるって感じじゃないっすもんね」
「実は今日初めて王都に来て……」
人の多さには驚いたが、まじまじと見ることはなかったから気が付かなかった。
「そうなんすね! じゃぁ王都については俺のが先輩っすね!」
フレンドリーというかチャラいというか軽いというか。先輩も警戒していないし、悪い人ではなさそうだ。
「僕は旭太陽と言います。荷馬車で七日かかる街から来ました」
「俺はルーテ! 皆にはルーって呼ばれてるっす! よろしくっす!」
手を差し出され握り返すと、ぶんぶんと音が鳴りそうなほど激しく振られる。
「あ、これどうぞ。僕はもう頼んだので」
向かいの席……ではなく何故か隣に座ったルーさんに、手元にあったメニュー表を渡す。
「ありがとうっす! ただ、申し訳ないんすけど……読み上げてもらっていいっすか?」
「そっか。日本語読めないですよね」
流暢に日本語を話すので失念していた。話せるけど読み書きはできないというのはどこの世界でも同じなのだろう。わざわざ隣に座ったのはこれを依頼するためなのか。
メニュー表を上から順番に読み上げていると、後ろの席の四人組のおじさん達がこちらに話しかけてきた。
「兄ちゃんも文字の習得を避けた口かい」
「そうなんすよ~。日本国は文字選択するとマジできついって聞いて止めたんすよ~」
「がははは! 若けぇのに情けねぇなぁ!」
「そう言ってやんなよ。文字選択するなんて、苦しみたいド変態くらいだろうよ」
「違いない」
「でもハルタナとライラットは全部習得したっすよ!」
一体何の話をしているのか、全くついていけずにいたが、ルーさんのセリフの後に場が静まり返った。
西のハルタナ国と北のライラット帝国は、話すだけでなく読み書きもできるという事だろうか。
「……っ! 兄ちゃんまじか!?」
少しの静寂の後に、他の卓についていた人々も一気にざわつく。
「三か国とも国境超えたんか!?」
「正真正銘の変態だな。日本の文字も習得すりゃ良かったのに」
「いや、それよりもライラットに入れたってのか?」
「お兄さん何者だい!?」
「あら、近くで見るとほんと色男ね」
「独身?」
興奮した人々が次々にルーさんに詰め寄っていく。女性陣は獲物を狩るような目つきで怖い。
「こら―――!!」
そろそろ圧に押しつぶされそうになっていた時、後ろから大きな声がした。
「店ン中で騒がないでよ!! 追い出すわよ!!」
片手でシッシッと集まった人々を追い払うように現れたのは、注文を取ってくれた少女だった。
中学生くらいの見た目で、濃い紫色の長い髪をポニーテールにしている。角は細くまっすぐで、根元の濃い紫から先端に行くにつれ薄い紫へとグラデーションがかっている。切れ長の目と意志の強そうな眉毛が特徴の美人さんだ。
右手に乗せたお盆には、アツアツの料理が乗っている。
「お待たせ~。騒がしいおっちゃんたちでごめんね」
手慣れた様子で料理を机に置いてくれる。見た目は子供でも、常連客に睨みを効かせる様はベテランの店員である。
「お兄さんも……」
ルーさんの方に向き、
「騒ぎを起こされると困るんだけど?」
と、他のお客さんに向ける視線以上に冷たく言い放った。
「えー? 俺はなんもしてないっすけどねぇ?」
すっとぼけたように笑った後、少女に不敵な笑みを浮かべる。
「なら良いけど?」
少女はふーっとため息をつき、ごゆっくり~と言って仕事に戻っていった。彼女の一括が効いたのか、他のお客さんも自分の席に戻り食事を続けている。
「あ、俺の注文……」
「メニューの続き読みましょうか」
中断していた読み上げを再開しようとしたが、ルーさんに制止された。
「いいっす! 太陽さんのご飯冷めちゃうんで!」
そう言って湯気の立つ料理を指さした。注文したのは、とろとろオムライスのサラダセット(ニンジン増し増し)。先輩はすでにシャクシャク音を立てて食べていた。
「あの子に直接お勧め聞いてくるっす!」
僕にお礼を言い、先ほどの少女に話しかけに行った。うざがられているようだが、大丈夫だろうか。
「いただきます」
手を合わせ、スプーンで卵とソースとご飯をすくい口に運ぶと、幸せの味が口一杯に広がる。
彼は他の卓の客に捕まったようで、こちらに戻ってくることはなかった。
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