第21話 歯医者さんかな

「じゃぁ見てて」


 高い木の枝の上。

 再び群れを成している鉱物大鹿に向けて、茉莉花が狙いを定める。僕は鉱物大鹿の動きに注視する。


 一番の問題は僕が自分の周囲数メートルしか意識できていないこと。

 自分よりも背の高いモンスターが周りにいる中で、木の上にいる味方の動きや声が全く認識できていなかった。

 結果、矢が自分に向かって降ってくるような感覚になり、周りのモンスターの動きが予測できずパニックを起こしてしまう。


「まずはあたしが矢で何をしているのか、鉱物大鹿がどんな動きをしているのかを知るところからね」


 まずは知ることから。

 きっと慣れた人たちなら打ち合わせだけで動きが予想できるのだろうが、僕にはその経験も知識も全くない。


「打ち合わせの時点でもっと話を聞いとくんだったわ。上級者として失格ね」

「いや、連携くらい簡単に出来ると思い込んでた僕が悪いよ。ちゃんと話せば良かった」

「初心者はできないってイメージもできないものよ」

「うっ」

「天堂さんのパートナーって聞いていたから、Eランクなのは亜種という点が関係しているのかと……。思い込みって怖いわね。申し訳ないわ」


 無茶ぶりをしたこと、言いすぎたことを謝ってくれた。


「甘えすぎていたのは本当のことだから……。今回は良い機会だと思う。声をかけてくれてありがとう」


 お互いに少し歩み寄れた気がする。


 パシュッ

 弦が高い音を立てながら矢を押し出す。

 先端に火を纏わせた矢が鉱物大鹿の間に落ちると、矢を中心に数秒火柱が立つ。

 火柱を何本か同時に発生させると、鉱物大鹿は散り散りになるが、火柱の中央に数体集まる形になる。

 その中心に水を纏った矢を放つと、今度は矢を中心に地面に水たまりが出来る。

 その水たまりめがけて雷を纏う矢を放つと、逃げ遅れた個体が地面に倒れかける。

 感電を逃れた個体に毒を纏った矢を打ち込むと動きが鈍くなる。


「すごい……。僕はあの動きが鈍った個体を討てばいいのか……」


 一度は口頭で聞いていた内容だけど、上から見ていると良く分かる。良く分かるが……問題はスピードだ。

 今の流れが大体十~十五秒程度。その間にモンスターの間をくぐり目標を定め攻撃を仕掛けなければならない。


「この威力で鈍らせられるのはせいぜい十秒弱ね。最初は一体ずつ行きましょう」


 魔力をしっかりと込めて連打すれば、茉莉花一人でも討伐は可能らしい。しかし、彼女の魔力は多属性な代わりに量が少なくすぐ枯渇してしまう。

 倒したモンスターの魔力を吸収することで回復は出来るが、相当効率が悪いそうだ。


「良い? 焦らないこと、周りをよく見ること」

「うん」

「そして、味方(あたし)を信じること。これが一番大切よ」

「あぁ!」

「ぴ!」


 討伐を再開してから一時間ほど経過した。

 最初は茉莉花が分断・弱体化させるところまで広場の脇に潜み、目標を定めたら飛び出し仕留める。一体仕留めたら無茶はせず一度下がる、を繰り返した。

 少し慣れてきたら数体倒して下がる。時間をかけて広場内の鉱物大鹿を全て倒すころには、最初の個体は素材採取する前に消えてしまっているが仕方ない。


「だいぶ慣れてきたわね」

「おかげさまで……次は中に入って動くんだよね?」


 解体作業をしながら次の打ち合わせを行う。

 ここまではあくまでもモンスターの動きの観察と仕留める練習だ。本番はこれから。

 次に群れが出現したら、茉莉花が矢を放つと同時に突撃しなければならない。

 最初の恐怖がぬぐい切れておらず、想像するだけで冷や汗が出てしまうが……。


「えぇ。でも無理はしないで。危険を感じたり負担が重かったりした場合はすぐに右手を挙げて」


 歯医者さんかな。この世界にはないけど。


「太陽がそれも無理そうなら、思いっきり鳴いて頂戴、先輩」

「ぴぴ!」


 頼もしい二人に少し安心する。きっと大丈夫だ。

 本番の前に、本来の目的である素材採取を進めなければ。

 巨体を解体するのは初めてだが、二人がかりでならそれ程大変ではない。むしろ一人で小型のモンスターを解体している時より早い。

 茉莉花が重い巨体の移動や皮をはぐなどの重労働を軽々としてくれて、僕はギルド長の良く切れるナイフを滑らせていく。

 素材にした端からカバンに仕舞ってくれるので散らからないし、死体を薄い水の膜で覆ってくれているおかげで血まみれにもならない。これは魔力操作が高レベルな茉莉花ならではの芸当である。

 ちなみに、陽葵は豪快に血しぶきを浴びている……。


「あ、これよね?」


 茉莉花が手渡してくれたのは魔石とは異なる石。うっすら黄色味がかった透明なそれは、陽の光を反射しきらきらしている。

 僕が受けた依頼の【ダイヤモンド(追憶)】だ。

 石鹿や鉱物大鹿はその角に特徴があり、個体によってさまざまな性質を持つ。鉱物大鹿は名前の通り角が原石で、個体によって様々な宝石を採取できる。

 その中にはダイヤモンドも含まれているが、それとは別に体内でのみ生成されるダイヤモンドが今回の依頼素材だ。一説によると、摂取した動物の炭素が体内で蓄積・圧縮されたものらしい。

 聞いた時は「鹿なのに肉食なんだ」としか思わなかったが、所謂遺灰ダイヤモンドだよな、これ。動物ならまだしも、このモンスターが食べた人間の……だったらどうしようか。

 どうしようもないのだが、想像すると手が震えてくる。


「もっと沢山倒さないと出ないって聞いてたけど、案外見つかるもんなんだ」

「上位種は確率が上がるって言ったでしょ」


 確かに言っていた。目標数は五個なので、この調子ならなんとか集まりそうだ。

再度湧くのに時間はかかるが、日没までにはまだ時間はある。

ん? 湧く?


「このダイヤモンド、食べた生き物の炭素からできてるって聞いたけど、さっき湧いたばっかりのモンスターだよね……」


 ゲームの設定に突っ込んではいけないと思いつつ、つい口にしてしまった。魔力が溜まるスポットと言っても、そもそも同じ場所に同じモンスターが同程度湧くこと自体おかしな話だ。

 あの白い空間での出来事は、これから【魔女はいまわの際に夢をみる】というタイトルのゲーム世界に迷い込むという前振りだった。

 しかし、ゲームにしてはやけにリアルよりだったり、雑な設定だったりと納得いかない部分も多い。


「それがどうかしたの?」

「……いや、何でもない」


 疑問が伝わっていないことに安堵するも、複雑な気持ちになる。この世界がゲームだったら、目の前にいる女の子も、先輩も存在しないことになる。

 陽葵との毛糸の会話もそうだが、深く突っ込んで明らかに【異常】な回答が返ってきた時が怖くて……。

 僕はそれ以上疑問を口にできなかった。

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