第22話 え、まさか一目ぼっ……
「はっ!」
よろけながら最後の一体の首を落とした。
本番を始めてから四セット。数えられてないけど、おそらく五十体くらいは倒したんじゃないだろうか?
もう手足に力が入らず、どさりとその場にしゃがみこんだ。地面に転がりたいところだが、今は血まみれになってしまうので耐える。
「お疲れ様~!」
茉莉花が駆け寄ってきた。
陽はかなり傾き始めており、茉莉花の影が長く濃く伸びる。
「もうヘロヘロだ」
「あたしも魔力すっからかんだわ。太陽はそのまま休んでいていいよ。魔力補充したいし解体は任せて」
申し訳ないが足手まといにしかならないので、お言葉に甘えて全てお任せした。
この世界の人は、象徴を通してモンスターの魔力も己のそれに変換ができるらしい。魔王の魔力から生まれているはずなので不思議だが、それも雑なゲーム設定なのかもしれない。
汚れていない地面に腰を下ろし、ぼーっと眺めているうちに、解体がどんどん進んでいく。慣れたおかげで、死体が消える前に倒し切れるようになったので、数はそこそこあるはずだが……。
流れるような動きに、体力の消耗は感じられない。
「数時間矢を放ち続けてあれかぁ」
ここまで体力に違いがあると、「同じ条件なら」と卑屈になるのが馬鹿らしいよな。
戦闘における疲弊度は陽葵としか比較したことが無かったが、規格外の彼女以外とだってこんなに差があるのだ。地道に、自分に出来ることを増やしていくしかない。
最初はひどい物だったが、後方支援職の茉莉花にとっては僕でもいないよりずっとましなはずだ。役割はちゃんとある。
「お待たせ~!」
全ての解体を終えた茉莉花が戻ってきたので、真っ暗にならないうちに撤退した。
「これも美味しい!」
熾してもらった焚火で夕飯を作った。
今回は、せっかく持ってきた鍋を利用したスープだ。鉱物大鹿の肉と香草と乾燥野菜を柔らかくなるまで煮込む。味付けは塩コショウとガーリックパウダー。
日が沈み、冷えてきた夜にはしみる逸品だ。これにフランスパンのようなパンを浸して食べれば、戦闘で強張っていた心も体もほぐされる。
ちなみに、使っている乾燥野菜は疲労回復効果がある。それもあってか、じわじわと元気になっていくような気がする。
「これも入れようか」
茉莉花と自分のスープの上に固めのチーズをたっぷり乗せると、熱でとろとろに溶けていく。
「はぁぁぁ!? 最高なんだけど!?」
パンにチーズを絡ませて食べれば一段とうまみが増す。鉱物大鹿の肉との相性もばっちりだ。
「はぁ……どうしてくれるのよ」
茉莉花の器を持つ手が震えている。
「え、どうしたの」
「こんな……こんな幸せを知っちゃったら、ただ焼いた魚やお肉に耐えられなくなっちゃうじゃない!」
「や、焼いただけの魚もお肉も美味しいよ?」
美味しいよ、と言いながら、自分でも満足できそうにないなと思う。
今回はショップ品を気兼ねなく購入できるようになったということで、調子に乗って色々揃えてしまっただけで、今までは陽葵に合わせて現地調達をしていたのだ。一人で行く時は携帯食で済ませていた。
ショップ品は出し入れ自由になるし嬉しい効果が盛り沢山なので、今後は遠征食の研究をしてしまいそうだ。
「あたしも食材と道具を……いや待って、誰が調理するのよ……無理……」
スープを見つめながらぶつぶつと呟いている。解体の手際は良いのに、料理となると別物なんだろうか。
「まぁ良いわ……」
今後の食事については改めて考えることにしたそうで、今は温かいうちに食べなくちゃと食事を再開した。
「そうだ、これ」
食事が終わり、思い出したように手渡されたのは五つのダイヤモンド。形も色も大きさも不揃いだが、「どんなものでも構わない」という話だ。
「ありがとう。これで僕の目的は完了かな」
「あたしのは無理かしら……」
「聞いてなかったけど、茉莉花の欲しい物って?」
「魔石よ。無色透明の魔石」
「無色……」
通常、魔石はそのモンスターの属性に合わせた色と魔力を持っている。今回の鉱物大鹿は土属性だから茶色や黄色に近い色のはず。
「本当に稀だけど、自分の角の性質が魔石に近い性質の個体がいるのね。更にその中で、自分の魔力が角に全部移っちゃう個体がいて、そいつの魔石は空っぽになる」
稀の中の更に稀ともなれば、確率は絶望的ではないだろうか。
「空っぽの魔石を何に使うの?」
「好きな魔力を込められるのよ」
限界まで使用すれば、どんな魔石も空にはなるが、再度込められる魔力は元の属性のものだけだ。「好きな魔力を」という点がレアな部分だろう。
「もうすぐ尊敬している人の誕生日なんだけど、お守り代わりに贈りたくって。あたしの魔力は珍しいから、思いっきり魔力と祈りを込めて贈ろうと思ったんだけどなぁ」
「その魔石を使えば茉莉花と同じ属性が使えるようになるってこと?」
自分の属性以外を使いたい場合は、その属性の魔石を使用することになる。カバンに収納できるとは言え、使う度に持ち帰る手間を考えたら一つで済むのは便利だろう。
「それもあるけど……本領発揮するのは別の場面かな」
ぼかすような言い方に「えー」っと口をとがらせてみるが、「内緒」とはぐらかされてしまった。
でもそうか。そんなに貴重なものなら出現率も相当に低いはずだ。尚更、今日の大半を自分の練習に使わせてしまったことが申し訳ない。
「ごめん、僕じゃなかったら……ってぇ」
頭を下げた瞬間、ぼかんとこぶしが降ってきた。手加減されているので「ってぇ」程度で済んでいるが。
「謝るのはお昼に済ませたでしょう! そもそも、あなたに声を掛けたのはあたしの下心からなんだから……」
「え、まさか一目ぼっ……つぅぅ!!」
今度は強めの一発が降ってきた。
「ぴぃ……」
それは自意識過剰だといわんばかりの先輩の目が痛い。
「天堂さんの話が聞きたかったからに決まっているでしょ!」
微塵も照れた様子が無く、むしろガチ目に怒っているのが悲しい。少しくらい冗談を言ってもいいじゃないか。
これでもノームの亜種(笑)を続けていて傷心してるんだ。
「だから、巻き込んだのはあたしの方なのよ」
ちょっと湿っぽい空気になりかけたが、もう謝らないけどね! と長い前髪を払いのけて見せるので笑ってしまった。
「明日はもっと回転率上げられると思うんだよね」
「うん?」
もうコツはつかんだし、秘密兵器もある。
「明日の昼過ぎに出発すれば夜には帰れるし、早起きして狩ろう!」
「……良いの?」
「当たり前じゃないか!」
「ぴぃ!」
ここまでお世話になって、自分だけ目標達成して終わりだなんてとんでもない。何としてでも手に入れなければ。
先輩もやる気満々だ。
「特別な人の特別な日でしょ!」
「うん、とっても特別……。ありがとう、二人とも」
きっとその人を思い出しているのだろう。大人びている彼女だが、照れたように答える姿は年相応に見えた。
そうと決まれば、明日のために早く寝よう。今夜も先輩に見張りをお願いして、僕と茉莉花は早々に眠りについた。
まだ少し薄暗い早朝から始めた狩りは、昨日のグダグダが嘘のように順調だった。
夕飯の疲労回復効果と、朝食のバフ効果で体がとても軽い。一セットにかかる時間が三十分から二十分に短縮しており、茉莉花も驚いていた。
休憩は次が湧くまでの間に十分取れたし、こっそり栄養ドリンクも飲んだ。
元の世界と同様、元気の前借的な効果なので後が怖いけど……。
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