第2話 チュートリアル【お供を手に入れよう】

 ふすふす もふもふ


 顔に当たる鼻息と毛がくすぐったい。うっすら瞼越しに感じる光。小鳥のさえずりが朝を告げている。

「分かった分かった、起きるから」

 ご飯の催促をされていると理解し、右手で顔近くにいるそれを撫でながら上半身を起こす。ぐぐっと伸びをして、固まった体を脱力させる。相当寝すぎたのか体のあちこちが痛い。

「ふぁぁあ、なんか変な夢をみた気がする……変、な……」

 欠伸をしながら眩しさにくらむ目を何度か上下に動かし、目の前の景色に唖然とする。

「森……」

 三百六十度、絵に描いたような森である。

 木々の間をそよ風が優しく吹き抜け、さわさわという音と共に木漏れ日が揺れる。ピチュピチュとどこからか聞こえてくる鳴き声は、朝の目覚めというタイトルの目覚まし音を思い起こさせる。

 自分がいる、という事以外は不自然な点は見当たらない。立ち上がって見回してみる。自分は、森の中の少し開けた場所に寝ていたらしい。

 ふざけたゲームのオープニングが、夢であってくれたら良かったが、突然森にいる状況も、自分が誰か分からない状況もそのままらしい。もしかしたら、まだ夢の中なのだろうか。


ポン


 軽快な音とともに空中に現れたのは、白い空間で見たものよりかなり小ぶり(といっても自分の肩幅くらいはある)な画面。


【チュートリアルを行いますか】

【はい】

【いいえ】


 どうやら、本当にプレイヤーとしてゲームを進めるらしい。

 空中に浮かぶ操作画面に心がソワソワするのを感じながら、手を伸ばし【はい】を押してみた。恐る恐る近づけた指先に確かな感触を覚え、鳥肌が立つ。画面の向こうの世界に夢中になり遊んだことのある人間なら、きっと一度は夢見たであろう。そんな体験を今しているのかもしれない。

 設定はかなり危ない気がするが、どうせなら楽しんだもん勝ちだ。

 次に映し出されたのはマイページ。チュートリアルらしく、ここを押せとアイコンがピコピコしている。

 左側に立っている学生服を着たキャラクターは自分だろうか。上着を脱いで見比べてみると全く同じだった。

癖の強めな黒髪に、怖がられそうな三白眼。つい取りたくなってしまう右目尻のほくろ。眺めていると懐かしい気分になる。

右三分の二のスペースには目一杯アイコンが並べてある。一番上はお知らせで、今は何も書かれていない。その下に同サイズのアイコンが計9個並んでいる。


ステータス

スキル

装備

クエスト

フレンド

ギルド

ショップ

設定

 

 整列するアイコンとは別に、顔の横に?と書かれた真っ白なアイコン。

 今点滅しているのはステータス。

「転生者特典のチートがあるかも」

 自分については思い出せないくせに、何故か他の知識だけはしっかりしているので戸惑わないことに戸惑ってしまう。何かのドラマで見た、知識としての記憶と思い出としての記憶の違いだろうか。

「これ、ステータスというかプロフィールでは……」

 ステータス画面では名前、性別、年齢、身長、体重、視力、好きな食べ物、嫌いな食べ物、特技、称号の項目があった。

 プロフィール帳と健康診断の問診票を足したような構成だ。唯一のゲームらしさは【称号】くらいか。

「名前は……やっぱり」

 白い空間で勝手に入力された名前、旭太陽の文字があった。

「十七歳っていうと高校二年か。特技、泣くこと。え、酷くない?これが特技分類なら嘘泣き詐欺師か?称号の欄は異世界転生者のみ」

 ステータスを一通り眺めたあたりで、戻るボタンに誘導される。

 次の点滅はスキル。

「少ない……」

 一覧に並んでいたのは二つだけだった。


【魔力生成】パッシブスキル 自己魔力を練ることが出来る

【全武器適合】パッシブスキル 何でも扱える


 チートを期待していた側からしてみれば、拍子抜けである。

 もしかしたら体力や魔力、他にも潜在的なステータスに隠されているのかもしれないが、何せステータス画面がプロフィールだ。現時点では確認しようがない。

 次に鞄を開いてみるが、ここも空っぽ。

 クエストの画面に進むと、【お供を手に入れよう】という文字が。早くないか?

 文字をタップすると詳細が出てきた。

【友好的なモンスターを喜ばせて名前を付けてお供にしよう】

「友好的って逆もいるってこ」

「ぴぃ!」

「うわぁぁ」

 耳元で聞こえた鳴き声に思わず手が出て、肩にいた何かを払ってしまった。いつの間に乗っていたんだ。

 咄嗟だったからか、かなり力が入っていたらしく、数メートル先まで飛んでしまったそれは、空中で体勢を変えてくるりと着地した。

「何?何?」

 それはまたこちらに向かってくるようで、身構える。

「ぴぴぃ!」

 近づいてきたそれは、手のひらくらいのサイズで、黒くて、頭のサイドに角があり、長い耳をピンと立てた、

「う、うさぎ?」

 そう、角以外は記憶にある黒兎。

 手で払ったことに怒っているのか、ぴぴぃと鼻を鳴らしながら足をダンダンしている。怒っているのは伝わるが、そんな姿にもキュンとしてしまう愛らしい生き物。

「ごめん、びっくりしちゃって」

 襲ってくる様子はないので、しゃがんでジェスチャー付きで謝罪をした。伝わったのか、ぴっと頷く素振りを見せてからこちらをじっと見つめる。綺麗な金色の瞳だ。

「もしかして君が有効的なモンスター?」

「ぴっ」

 本当に言葉が通じているのか、嬉しそうな鳴き声が返ってきた。

「条件が喜ばせて、だけど、餌付けとかなら何も持ってないんだよね。どうしよう」

「ぴぃぴぃ!」

 うーんと首を傾けていると、うさぎが足にスリスリしてきた。え、可愛い。試しに手を近づけてみると、手のひらに頭をぐいぐい押し付けてくる。

「撫でてほしいの?」

 頭から背中にかけてすっすっと撫でると、なんとも気持ちよさそうにしている。不思議とどこを撫でたら良いかが分かり、手が自然に動く。ひとしきり撫でると満足したのか、一歩後ろに下がった。すると、うさぎの頭上にポップアップが現れる。


【種族:ブラックプーカ 友好種】

【お供にしますか?】

【はい】【いいえ】


 説明が何も無いが、友好的なモンスターをというクエストの条件には当てはまるし、何より可愛いので離れたくない。【はい】を押すと、【名前】の文字の下に空欄が出てきた。

「名前を決めるのか……」

 自分のネーミングセンスは壊滅的な気がする。すごくそんな気がする。自分が良ければ気にすることではないかもしれないが、傍から見て残念な名前はこの子が可哀想だ。

「なんて呼びたいかなぁ」

 じっと見つめる。下に向けて手のひらを差し出すと、ひょいと乗った。驚くほど体重を感じなくて、肩に乗っていても気が付かなかったのにも頷ける。

短く柔らかい毛が気持いい。そういえば、目を覚ます時に顔のところでふすふすしていたのはこれだったのか。

「色々呼んで見るからさ、好きなのがあったら返事してよ」

「ぴっ」

 また頷いてくれるので、意思疎通は完璧なようだ。

「くろ」

「……」

 色は安直すぎたよね。

「ぴぃ」

「……」

 鳴き声も駄目だよね。

「ぷーくん」

「……」

「ぷーちゃん?」

「……」

 性別の問題でもないか。

「ちょこ」

「……」

 食べ物でもない。

「コーヒー」

「……」

 飲み物でもない。

 いやいや、色から離れよう。物の名前もだめだろ。名前名前名前……。

「エクスカリバー」

「……」

 聖剣もものだね。

「アレキサンダー」

「……」

「太郎」

「……」

「花子」

「……」

「信長」

「……」

「うー」

「……」

「さー」

「……」

「ぎー」

ダンッ

 流石に足ダンで抗議された。

「ごめんて。思いつかないんだよ。この世界の常識もさっぱりだしさ、君から何が良いか教えて欲しいんだよ、頼むよ先輩〜」

「ぴっ!」


【名前が決定しました】


 兎の返事とともに、画面の空白に【先輩】と入力されていた。

「え、先輩?」

「ぴ!」

 ポップアップの種族の上に【お供:先輩】と追記される。

「名前かなぁそれ。まぁ、良いなら良いか。よろしくね、先輩」

「ぴぃ♪」


【クエストクリア 報酬:ショップコイン十枚】


 いつの間にか消えていたクエスト画面が現れ、クリアを教えてくれた。報酬をくれるのか。

続いて、【モンスターを討伐する】というクエストが現れる。


【近くのモンスターを一体倒してみよう!】


「モンスター⁉待って待って、手ぶらなんですけど⁉」

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