魔女はいまわの際に夢をみる

砂田 透

第1話 オープニング

 順調に進んでいたが、もうすぐラスボスエリアというところで、今までよりも大きなオークが二体同時に待ち構えていた。

「門番かな」

 これまでよりも開けた場所で、奥には大広間が見える。ゴールは近い。

 二体同時に攻撃され、いなしたり交わしたりするので精一杯で中々攻撃できない。

「⁉先輩、後ろに何かいる?」

 背後から視線を感じるが、よそ見をすると二体から振り下ろされるハンマーに潰されてしまう。代わりに肩に乗っているはずの先輩に問いかけるが、返事は無い。

 首を傾けても先輩の毛に触れない。

 もしかして、途中で振り落とした⁉ 

 前から降ってくるハンマーをかいくぐり、隙を見て振り返った。

 遠くかすかに捉えられたのは、全力で来た道を戻る黒い毛の塊だった。

「嘘だろ⁉先輩ぃぃぃぃぃぃぃ」

 




 始まりは数ヶ月前に遡る。





 眩しい。

 ぼんやりとした意識の中で、今眠りから覚めたのだということは分かる。

しかし、瞼の隙間から入ってくる光がやけに眩しく感じて、なかなか目が開けられずにいた。

 少し開いては閉じてを繰り返して、ようやく見えた景色に「え?」と声が出てしまう。

 仰向けになり見上げる形で映る景色は、白だった。

病院の天井を表すような比喩表現とかでもなく、ただただ白い。

 「いったぁ⁉」

 周囲の確認のために上体を起こすと、背中に激痛が走る。しかし、痛みは一瞬で消えた。

 立ち上がり上下左右を何度も見渡すが、白一色。

閉塞感はない。風もない。音もない。温度もない。確かな感触は先程の痛みだけ。それも、今はない。

 試しに頬をつねってみる。何も感じない。

 手を叩いてみる。音はしない。

 自分の声は聞こえる。

 ジャンプしてみる。重力はあるのか、馴染みのある速度で着地する。

 まだ夢の中なのか……。

 一面真っ白ではあるが、平衡感覚は保たれているようで、歩いてみたらなんの問題もなく前に進む。

 感覚がないのに体が動かせるのは気持ち悪いが、夢ならそんなものだろう。

 真っ暗闇の中で、唯一の光を目指して歩くのなら分かりやすいのだが、どうもゴールは設定されていないらしい。

 とりあえず、歩いてみようか。

 

景色がなんの面白みもないので、自分の観察をしながら進むことにした。

 空間の色に反して、自分だけはしっかりと着色されている。見える範囲だけだが、学校の制服で靴もきちんと履いている。目立った汚れは見えないから、事故にあって三途の川にいるとかではない、はず。

 学校の制服……あれ、何で制服?

 あれ、何でって何で?

 そこで立ち止まった。

 再度自分の手足や衣服を眺め、無意味に振り返ったり上を見たり、目を右往左往させながら、え?え?え?と困惑を口にする。絵に描いたような挙動不審だ。

「え、待って、誰だっけ……?」

 性別は男だ。それは分かる。では、それ以外は?


 キュイーン


 自分が誰か分からないという重要事項に気付いた時、無音だった世界に突然鳴り響く機械音。

 自身の正体は分からないのに、それがゲームの起動音である事には謎の自信があった。

 音の鳴り止みと同時に、目の前に巨大なスクリーンが現れる。映画館のスクリーン並のサイズに思わず後ずさる。

 重厚感のある音楽が流れ、ゲームのオープニングを思い起こさせるようにタイトルが浮かび上がってきた。

「魔女はいまわの際に夢をみる?」

 読み上げると、画面は字幕付きのストーリーを流し始めた。


【昔々、世界樹に守られた豊かな土地を持つ大陸で、人類は仲睦まじく暮らしておった】


 日本昔ばなしでも語るような口調の字幕とともに、絵本じみたイラストで平和な世界が表現されている。


【しかし、平和な世界は一変。

突如魔王が君臨し、世界は混沌と化した。

魔王は、手下の魔族や魔獣を率いて人類を滅ぼそうとする。

異次元の力に立ち向かう術のなかった人類は絶望するしかなかった】

 

 二枚目のイラストですでに語り口調が変わっている。


【そこで、四人の魔女が立ち上がった。

彼女達は人でありながら膨大な魔力を持っており、他の人類を怖がらせないようひっそりと暮らしていた。

今こそ、この力を使う時。

人類の危機のため、力を合わせ魔王と戦うことを誓う】


 魔女という言葉からかけ離れた、可憐な少女たちのイラスト。添えられる文章の胸糞さが際立つ。

 言い換えれば、迫害されていた少女たちを体よく矢面に立たせているだけだろう。


【だが、彼女たちには物語の聖女のような悪を滅する力はなかった。

それどころか、魔力を持て余すばかりで戦う力は無いに等しかった。

魔女たちは大陸に宿る四つのエレメントに相談し、一つの答えに辿り着く】


 このシナリオを書いたライターも、GOサインを出した雇い主も正気だろうか?

 ここが夢でなければ、当にアプリをアンインストールしているところだ。当然最低評価付きでだ。


【彼女たちが導き出した答え。

それは大陸の中心にそびえ立つ世界樹を通して、魔力を人類に分け与えること。

世界樹の根は大陸全土に広がっており、人類は根から伝わる魔力を受け取り力を手に入れた】


 世界樹に祈りを捧げる少女たちと、鎧をまとい輝く人類。それは、人柱というのではないだろうか。美しく描かれたその世界に、作り物と言い聞かせながらも腹の底から湧き出る苛立ちを消せなかった。

 こんなものを、最後まで見てやる義理はない。そう思い背を向けた。

 向けたはずだ。

 けれど、目の前には変わらずあの画面が。

 今度は強行突破しようと前に進もうとするが、足が動かない。意地でも見せる気か。


【そうして、魔女の力を手にして戦う冒険者達が誕生した。

彼らはギルドを作り仲間を集め、切磋琢磨しながら己を鍛え、パーティを組み的に立ち向かった。

無力だった人類の反撃に負けじと踏ん張る魔王軍。

戦いは百年もの間続くこととなる】


 語りは一体誰の味方だ。

 でも、百年て……少女たちはずっと魔力を送り続けている設定なのか?


【長い戦いの末、四組のパーティが手を取り魔王を討伐する。

魔王討伐後も、魔族や魔獣は生き残っていたが、その力は格段に弱まっていた。

偉業を成し遂げたパーティのリーダーたちは勇者と呼ばれ、それぞれの魔女の影響が強い場所を堺にして四つの国を起こした。

魔女と共に戦いをサポートしていたエレメントは、戦いで傷付いた世界を癒すため、人類と生きることを選択する】


 四人の王様と、魔女と話し合いをしていたエレメントがセットで描かれている。本当に讃えられるべきは魔女と呼ばれた少女たちのはずだろう?


【一方、魔力を世界中に送り続けていた魔女達は死の淵にいた。

百年という、人類にとっては長すぎる時間を費やし限界まで力を使った彼女たちは、もはや抜け殻に等しい状態となっていた】


「やめろよ!ふざけるな!」

 世界樹の横で枯れ草のように描かれている少女たち。こんな反吐が出る話、誰が喜ぶんだよ。


【まだ倒すべき敵は残っているけれど、あとはエレメントたちが力を貸してくれるだろう。

人類も戦い方を覚えたはずだ。

世界の平和に安堵しながら静かに目を瞑った時、彼女たちは同時に夢をみた】


 文字無しで次々と映し出される黒縁のイラストは、おそらく少女たちが過去に受けていた仕打ちだろう。これは、走馬灯……。

 

 家族に捨てられ、欲望のまま利用され、蔑まれ、孤独を余儀なくされる。

 大きすぎる力を持っていたにしても、戦う力の無い、ただの女の子じゃないか。ひどい仕打ちの果に人柱なんて冗談じゃない。

 画面を睨みつけていると、黒縁が白縁に変わる。画面には【魔王討伐から千年後】とある。どうやら未来の話のようだ。【魔王復活】という文字とともに、一枚目と同じイラストが映し出される。サボったな。

 先程と同じ様に画面が移り変わる。そこには、未来でもなお魔力を送り続ける少女たちの姿と、果敢に戦う勇者たちの姿があった。

勇者のイラストも同じなのは手抜きなのか生まれ変わりなのか……。数々の受難を乗り越え、二度目の魔王討伐に成功したようだった。

 最後の白縁イラストでは、少女たちが勇者に抱きしめられていた。笑いながら涙を流すその姿に、胸が締め付けられる。彼女たちは、ただ抱きしめてもらうことすら叶わなかったのだと。

 夢で過去と未来を見た魔女たちは目を覚まし、自身の変化に驚く。

己の全てを使い果たし、枯れ果てたはずの体が百年前に戻っていたのだ。


 縁のなくなったイラストは現在に戻ったことを示しているのか、元の姿を取り戻した少女たちが描かれていた。


【極限まで力を使い果たした魔女と呼ばれた彼女たちは、真の魔女へと生まれ変わったのだ。

少女たちは感じた。

以前と比べ物にならないほど魔力が増えていることを。

もう老いることはないのだと。

いまわの際にみたあの夢が、本当の未来のことであると】


 語りを読み終わると同時に画面が暗くなった。

 一体何を見せられたのか。ただただ気分が悪い。


 チャララ〜ン


 軽快な音と共に真っ暗な画面の中央にスポットライトが当たり、トコトコと足音を立てながらデフォルメされたキャラクターが歩いて来た。

 白いパナマハットと白いスーツに身を包み、白い杖を片手にこちらに一礼をする。

外ハネの金髪から除く細い目と、ニッコリと上がる口角は狐を彷彿とさせる。「怪しい」を詰め込んだ風貌だ。

 コホン、とわざとらしく咳払いをして話し出す。


「以降、四人の魔女は自分たちが報われる未来を信じて、千年が経った今でも世界樹を通して大陸中に魔力を送り続けているのです」


 報われる。どうやら、酷いシナリオは本編へ繋げるためのものだったらしい。プレイヤーが少女を救うための勇者として冒険をするゲームだろうか。


「長い間魔女の力を受け取り続けてきた人類は、魔力を効率よく受け取るアンテナとして【象徴(シンボル)】が発現しました。どの魔女の領域で生まれたかにより象徴が決まります。次の画面で特徴をご説明いたしますので、ご一読ください」


 画面に四種類のキャラクターが映し出される。ベースは人と変わらないようだが、確かに異なる特徴を持っている。


 【日本国】

 東の魔女が守護する国

 象徴:二本角


 【ガルーシャ共和国】

 南の魔女が守護する国

 象徴:第三の目

 

 【ハルタナ国】

 西の魔女が守護する国。

 象徴:牙


 【ライラット帝国】

 北の魔女が守護する国。

 象徴:仮面


 画面が切り替わり再び男が出てくる。

「あなたは日本国に迷い込んだ異世界人です」

「勇者じゃないのか」

「まぁ焦らないでくださいな」

「は……?」

 今まで出てこなかった単語に思わず突っ込むと、それに答えるようなセリフが飛び出した。ツッコミを想定したシナリオなのか。

「この世界では異世界人は魔王の手先と思われ命を狙われます」

 そんな無茶苦茶な設定があるか。

「あなたが生き残る道は唯一つ。他の異世界人と手を組みラスボスを倒し魔女を救うこと。そうすれば魔女の力で元の世界へと帰れます」

 魔王討伐の王道RPGかと思わせて、まさかのデスゲーム。

「さぁ、あなたの名前を教えてください」

「名前……」

 はっとする。突然始まったゲームのオープニングにすっかり意識を持っていかれていたが、そうだ、この状況も自分のことも分からないのだった。名前なんて分かるはずが……。


 旭 太陽


 何もしていないのに、カタカタというキーボード音とともに入力された。

「太陽?」

 それが自分の名前なんだろうか。それとも、太陽という人物が見ている夢なのだろうか。

「かしこまりました。では太陽さん、ご武運をお祈りいたします」

 男は深々と一礼をして後ろの暗闇へと消えていった。


 真っ暗になった画面から、最初に聞こえた重厚な音楽が流れ、白い文字が浮かび上がる。


ミッション*■■■■■■■■


キュイーン


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