第6話 え、ちょ、大丈夫ですか⁉
ドンッドンッ
次の日、僕と先輩は扉を叩く音で目が覚めた。のそのそと起き上がり、朝日に向かってぐーっと伸びをする。
「よく寝たぁ」
この世界に来て三日。初めてベッドで就寝した。たったの三日とはいえ、ずっと地面で寝ていたから体はバキバキだった。ふかふかのベッドはお日様の匂いがして、もぐりこんで秒で落ちた。
陽葵の住む家に連れて来てもらって、ほかほかの日本食とお風呂に入らせてもらって、感極まったのかずっと泣いていた気がする。お世話をしてくれていた人も他の住人もちょっと引いてたな……。
陽葵が事前に話してくれていたようで、建物の中では頭も先輩も隠さなくて良かった。僕も先輩もまじまじと見られはしたけど、興味津々といった風で嫌な感じはしなかった。
窓の外を見ると、通りを忙しなく歩く人々が見える。ぼんやりと眺めているだけなら、ここが異世界であることを忘れてしまいそうだ。
実際、街に入った時は元の世界に戻ったのかと錯覚した。眼前に広がる光景が、記憶にある日本の街並みそのものだったから。
綺麗に舗装された道
立ち並ぶビルやマンション
道行く人々の服装
目につく看板の日本語
大きく違うのは、全員に角が生えていることと、やけにカラフルな角と髪の色だろう。
暗くなった街は街灯に照らされて、キラキラと輝いていた。
思い描いていた異世界は自分のいた世界より遅れた文明だ。しかし、目の前に広がるのは元の世界とはそう違いは無い様子。反射で門を振り返ってみたが、元の世界に戻ってきたわけではなかった。もし、戻れたなら。記憶も元に戻るのだろうか……。
ドンッドンッ
「こら、太陽!いい加減置きなよ!」
先程より力強いノックと陽葵の声が響く。
「はい、起きます!」
「ぴ!」
慌ててベッドから飛び降りた。
「太陽ちゃん、どうぞ~」
陽葵の家、と言っても施設のような場所で、多数の子供と大人が暮らしている。
今太陽に水を持って来てくれたのは、ここのお世話係のおかみさんだ。白い割烹着にふくよかな体型が、お母さんと呼んでしまいたいほどの安心感を与えてくれる。淡い紫色の髪と角を左右に揺らしながら歩く姿は、どこかの地方のゆるキャラを彷彿とさせる。
「こっちが洗顔用、こっちが歯磨き用で、こっちは予備で置いておくわね」
そう言って、長い共同用洗面所に三つの桶が並べられた。
「お手洗い行く時は教えて。何か困ったことがあったらすぐ呼ぶこと。美味しい朝ごはん用意してるからね(ウィンク)」
「ありがとうございます」
「もちろん、先輩ちゃんにも(ウィンク)」
「ぴぃ♪」
去っていくおかみさんの姿を見送って、小さくため息をつく。面倒見がいいのは嬉しいしありがたい。しかし、いくら何でもトイレの心配までさせてしまうのは申し訳ない……。単純に恥ずかしいのもある。
どうやらこの建物、というよりこの世界が魔力で全てを解決する仕様らしく、魔力の使い方が分からない僕には蛇口すら使いこなせなかった。昨晩はかなり騒いで迷惑をかけてしまった。
そんなこんなで、今朝はすでに水が用意されているという好待遇。トイレもとなると、好待遇というより介護に近い。
転生者チートどころか、ただ日常生活を送るのも困難なデバフをかけられている気分だ。
朝食を済ませた後、陽葵に連れられ街の中央へと向かう。また抱えられて移動するのかと冷や冷やしたが、街中であれをすると大目玉を食らうと聞き、先輩と秘かに胸を撫でおろした。
日中も街はハロウィン会場と化した日本、といった印象だ。バリエーションはカラフルな髪色と角だけだけど。ちょこちょこモンスターも見かけるので、やはり異世界だ。
目立つかと心配していた借り物のコートだが、町中が派手なので問題なく溶け込んでいた。
「ねぇ、フード被っている人いないけど」
「雨降ってないしね」
「レインコートなのこれ」
「何それ」
「雨具なんだけど、無いのかな」
「雨具っちゃ雨具だけど、それだけじゃないよ。風も熱もある程度防いでくれるの。ちょっと奮発したから体感調整もしてくれる良いやつ。雨だけってのはあっても誰も使わないと思う」
確かに、着こんでいるのに暑くないどころか快適だ。
「フード被ってる程度じゃ気にしないよ。それより、君の容姿の方が問題だから絶対フード取らないでね」
「はーい」
「先輩も、呼ぶまで出てきちゃだめだよ」
「ぴ!」
コートの内側から小さく返事をしている。
「陽葵、陽葵。あれ買ってみたい」
道中、おいしそうなジュース屋さんを見かけた。街へ行くというクエストをクリアして、小さなクエストがいくつか追加されていたのを思い出す。
疲れすぎて詳細は確認できていないが、【買い物をしてみよう】はお金の使い方を学ぶためだろう。
「あれね、美味しいけど。太陽、お金持ってるの?」
「あ……ここのお金って何になる?」
「チョムだけど」
「知らない……」
やけに可愛い響きだな。持っているのはクエスト報酬のショップコインだけど、恐らく違う。
「あ、これは使える?」
ポケットに入れていた小さな宝石を見せた。
「魔石じゃん。最初に言ってた、木の棒で倒したホーンボアの?」
「うん。ぐちゃぐちゃに突き刺したお腹から出てきた……」
「そ、そっか」
思い出したら……やっぱり今ジュースはいらないかも。
「そのままだと使えないから、これから行くギルドで換金してもらえばいいよ」
「ギルド!今向かっているところってギルドなんだ」
クエストの中には冒険者ギルドに登録するものもあった。冒険物に欠かせない響きにテンションが上がる。
「そう。会わせたい人もそこにいるからね」
目的地のギルドは、小さな役所のような見た目に、中は外観とかけ離れた広い空間の、魔法のような場所だった。陽葵いわく、この規模の空間魔法を扱えるのは精霊だけらしい。
当然のように説明される「魔法」という単語に胸を躍らせた。
「ここで働いているのは皆ノームだよ」
「え、子ども?」
広いホールのような部屋を見渡す。百メートルくらいはありそうな壁一面には、何かしらの受付がずらりと並んでいる。列をなす人々を手際よくさばいているのも、書類を抱えて忙しなく走っているのも、全員小学生くらいの背丈だ。近くで見ても幼い可愛らしい顔立ちをしている。可愛いけど、全員同じ顔なのは怖い。
「見た目は可愛いけどね。一人でその辺の冒険者をまとめて軽く伸せちゃうよ」
「へぇ~。ノームが空間魔法を使える精霊なの?」
「そう、他の国にはウィンディーネ、シルフ、サラマンダーがいるの。それぞれめっちゃ強いから、怒らせないようにね」
あ、そうか。ノームという響きに聞き覚えがあるような気がしていたけど、ノーム、ウィンディーネ、シルフ、サラマンダーと言えば四大妖精だ。オープニングに出てきたあのエレメントたちだろうか。
「とりあえず、おにぃには冒険者登録してみろって言われてるんだ」
おにぃ。昨日川辺で通話していた相手だろうか。
「それか、冒険者以外でなりたいものとかあった?」
「いや、何があるか知らないし……。ギルドへの登録は気になるけど、必須なものなの?」
僕はクエストクリアのために登録はしたいし、魔王を倒すなら冒険者だろうから問題は無い。ただ、他にも選択肢があるなら知るだけ知りたい。
「必須ではないですが、ギルドに登録しないと働けないので、無登録は無職と同じですね」
「あ、ありがとう」
僕の問いかけに答えてくれたのは陽葵ではなく、足元からの声だった。見ると丸眼鏡をかけたノームがちょこんと立っていた。
「いえいえ、皆様の疑問にお答えするのも仕事の内ですから」
眼鏡をくいっと中指で持ち上げ、誇らしげに答える姿は先輩と通ずるものがある。とどのつまり、可愛い。
「君ねぇ、敬語くらい使いなよ。私たちよりずぅぅっと年上だし偉いんだよ」
「まじか。大変失礼しました」
そうか、妖精ということは年を取らないのか。慌てて謝罪をすると、
「そんなかしこまらないでください。僕らは人の言うところの地位や名誉なんて興味ありませんし、ゆるい空気が好きなんで」
と、へにゃっと笑ってくれた。
「まぁ、あの人がトップですもんね」
「そうそう。それに……」
少しもじもじして、首を傾げ斜め下を向きながら発した言葉に心臓を貫かれた。
「孫みたいだと、お菓子を頂けるのが嬉しくて。え、ちょ、大丈夫ですか⁉」
あまりの愛しさに、思わず二人で崩れ落ちてしまった。働いて稼いでお菓子を貢ごう、そうしよう。
愛らしい眼鏡っ子ノームとはお別れして、まっすぐ冒険者用の窓口に向かった。
登録希望者は、まず特性診断をして適性を見極めるらしい。専用の板に魔力を込めると、本来自分にしか見えないステータス画面が表示されるそうだ。あの健康診断の結果みたいなステータスで、何が分かるんだろうか。
表情の動かないクール系ノームに板を手渡されるが、欠片も変化する様子が無い。かざしてみたり降ってみたりしていると、周りが次第にざわつきだす。
「あなたは魔力をお持ちですよね?」
クール系君が眉間に眉を寄せながら小声で尋ねてきた。魔力があることは疑っておらず、持っているのに反応しないことをいぶかしんでいるようだ。
試しに陽葵にも持ってもらったが、すぐに文字が浮かび上がった。
(あれ?)
「少しお待ちください」
そういうと、奥の扉へと消えていった。
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