第15話 求婚の理由

 先ほどまで生き物のように暴れていた本が、また本へと戻っていく。

 まるでそれは魔法が解けたかのようだった。


 彼が離した本を、私はただ見つめた。本はあくまでも本であり、どこにあるものと全く変わりはしない。後ろを見ても前を見ても、そう、ただの本。


 ザイン様が触った途端、本が生き物のように動き出し、手を離した途端に元の本に戻った。これってどういう原理なのかしら。


「ザイン様が触ると、本が生き物のようにって、これは魔法か何かですか?」

「違うよ、よく考えてみてマーガレット」


 違う? どう違うのかしら。だって触ったら動き出したわけだし……あれ、でも……。上からこの本が飛んできた時は、確かに誰も触ってなどいなかった。


 それなのに生き物のように動いていたから、私がはたき落としたんだわ。そして私がこの本を拾った。

 そう、私だけが触っている時はこの本はただの本でしかなかった。


「私が触れたから止まった?」

「どうやらそうみたいだね。それに覚えていないかい? これはなんだが」


 これが二度目? 私は一度どこかで……。


「夜会で本を拾った……。落ちていた青い背表紙の本を……」

「そう。あの時も本は動かなかった。あれだけ暴れまくって魔法で追撃して落とすことが出来たくらいの本が」


 私はただ落ちていた本を拾っただけなのに、そうではなかったということなのね。


「どうして私なのですか?」

「それはまだ不明だ」


 でも心のどこかで、この婚姻の意味が何となく分かった気がした。今は不明だけど、私はこの暴れる本を止めることが出来る。


 だからこそ、この魔塔にとって必要な存在というわけなのね。

 分かっていたことなのに……見初められたって言葉にほんの少しでも嬉しいと思った自分が恥ずかしいわ。


 もしかしたら、可愛くもなく取柄もない私だって誰かが好きなってくれるかもしれないなんて夢見てしまったのだもの。


「だがそこはそのうち解明すれば済む」

「そうですね」

「俺はその本を持てたたずみ、微笑みながら本を返してくれた君の姿に惚れたんだ」


「そうですか……うぇ?」

「ん?」


 いいいいい、いま、何て言ったの?

 さらっとすごいコト言わなかったかしら⁉


「な、な、な、きゅ、急に何を言い出すのですかザイン様!」

「いや結婚式もままならなかったから、きちんと俺が君に惚れた理由など説明した方がいいかと思って」

「だ、だからってこんな場でいうことではありません!」

「そうか?」

「そうです!」


 な、もう、な、もぅ。この方は天然か何かなのかしら。急に話題を変えてきたと思ったら、いきなりすぎるわ。嬉しいけど……嬉しいけど……。嬉しい……のよね。


 まるで私の気持ちが分かったみたいに。何も言っていないのに、通じていたなんて。


「それなら今度は二人の時に一から君を口説くとしよう」

「どーーーしてそうなるのですか!」

「普通だろう」

「そうなのですか?」


 普通なの?

 もー。全然普通がわからないわ。もう、こうなったら話題を変えないと私が持たないわ。

 やはり今一番気になるのはこの本なのよね。


 とりあえず、本の話にしないと。別に、みんなの前で言われるのが恥ずかしいからじゃなくて……逃げてるわけでもなくて……。


 ううう。誰か助け船下さい。

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魔塔主に見初められた本の虫の花嫁は、もふもふドラゴンの背の上でチート無双の夢を見る。 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi

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