第10話 主不在の歓迎会
馬車のドアが開いた瞬間、乾いたパンっという音が響くと同時に小さなキラキラとした髪が馬車の中へと入りこむ。
ま、魔法? もしかして私たち攻撃されたの?
逃げようもない馬車の中で慌てた私の足はある意味華麗にもつれ、その場に尻もちをついた。
「きゃぁぁぁ!」
「あああああー。ほら、だからダメだって言っただろ」
「それよりも、怪我! 怪我させたら殺されるぅぅぅぅぅ」
「ああ、確かに!」
驚く私よりもさらに慌てたように、馬車の外にいた二人が声をあげた。
黒い髪を二つに結び上げ同色の大きな瞳が可愛らしい十代くらいの侍女と、白っぽいローブに茶色のマントを着たブロンドの長身で色白の男性。
どちらもこの目の前にそびえ立つ魔塔の方たちのようだった。
「「奥様、ケガはないですか⁉」」
お、奥様って。まだサインを交わしたわけではないのだけど。これからもそう言われるようになると思うと、なんだか変な感じね。
それにそう言われれば、私たちはどこも怪我などしていない。
ある意味息ぴったりに騒いでいる二人を見た瞬間、なんだか心の中がじんわり温かくなってくる。
ただ何か音を鳴らしたかったのかな。二人が何をしたかったのかは伝わらなかったけど、たぶん歓迎の何かだってことだけは分かるから。
「あ、あの。はい、大丈夫です」
「ま~ったく、二人して何してるのさ。マーガレットがびっくりしちゃったじゃない」
「あー! フレイ様、奥様と一緒に馬車に乗っていらしたんですね。どうりで塔の中にいないと思いましたよ」
「誰も迎えに行かないのも可哀想だと思ったからボクが行ったんだょ~。それなのに、コレだし」
「こ、これはちょっと失敗してしまっただけで、こっちは奥様の歓迎会の準備をしてたんですぅ」
歓迎会。今、歓迎会って言ったわよね。ただ嫁ぎにきただけの私を歓迎するだけじゃなくて、わざわざ会を用意してくれていたってこと?
だって私、顔を合わせたこともないのよ。ある意味、そんな見ず知らずの私のために時間を割いてくれたんだ。
家族ですら、そんな手の込んだことなんてしてくれなかったというのに。
どうしてこの人たちは私なんかのために、そんなことをしてくれようとしたのだろう。
入り混じる期待と、不安。こんな時、普通の人ならすごく嬉しそうに笑うのかな。ああなんか私、自分がすごく嫌だ。
「急に言われてマーガレットが困ってるよ」
「ああ、奥様。スンマセン。そんな豪勢なモンでもないんで、お気に召さないかもしれませんが」
「挙式が出来ないとのことで、塔のみんなで小さな教会みたいに飾り付けてですね。ケーキとか用意してみたんですが……」
「あ~あ、泣かせちゃった。あとで絶対にザインに怒られるよ二人とも」
気づいた時にはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。自分でもこれが何の涙なのか、どうして出て来たのか理解できないままに。
「「ギャー、泣かないで下さい奥様‼」」
涙が流れるのになぜか心の中は温かくて、わたわたと私を心配する二人を見ていると、ザイン様という方がどんな人かは分からないけどココに嫁いで来れたことが幸せに思えた。
家とは何もかも全然違う。みんなが私の目を見てくれて、いろんなことを思ってくれているのがちゃんと伝わってくるもの。
「ごめんなさい、急にいろんなことがあってびっくりしちゃって」
「こちらこそ、スンマセン。そうですよね。婚姻だって聞いたばっかだし、ザイン様の顔も知らないワケだし。不安っすよね」
「でも皆さんの気持ちはちゃんと伝わりましたよ」
そう。歓迎されている。
ザイン様はここにはいなかったけど、それでも私には十分で、きちんと笑顔を返すことが出来た。
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