第11話 普通の定義
塔の中というものに、人生で初めて足を踏み入れた。中央に配置された螺旋階段を囲うように部屋が広がっている。
外から見た時は高い塔というイメージだったけど、高いだけではなくとても広いのね。
説明によれば、その階ごとに役割が違う部屋となっているそうだ。
一階が受付、二階が食堂、三階が詰所、四階から六階が寝泊まり出来る部屋、そしてその上に実験室やらいろんなものがあるみたい。
これだけで十分に冒険出来そうな感じがする。ただ階段を上るということ自体が苦じゃなければ、だけど。
「奥様、息上がってますけど大丈夫ですか~??」
私の数段先を歩く侍女が、事も無げに声をかけてきた。
「な、なんとか大丈夫デス」
歓迎会を三階で行うから階段を上がっているのだけれど、うちの屋敷なんかと違ってここは塔。一階辺りの段数がけた違いに多い。
それだけ一つの空間を大きくしているのだろうけど、慣れないと大変ね。上まで掃除するのに、どれだけ体力がいるのかしら。
聞けば、今私に声をかけてくれた侍女のラナがほぼ一人でココの掃除などを行っているらしい。
ここは魔塔の方たちが詰めているだけであって、家ではないから使用人が本当に少ないとのこと。
お金がないわけではなく、そこまで頭が回ってないと言っていたっけ。
「私よりも息が上がっているみたいですが、大丈夫ですか?」
後ろを振り返ると、階段の手すりに捕まりながら項垂れている先ほどのローブの男性が見える。あれでは息上がってるというよりも、息絶え絶えという感じね。
「普段は魔導師の方は階段使わないんですよ~。でもまぁ、運動不足のようなので大丈夫じゃないですか~」
「ああ、さっき言ってたやつですね。なんかびゅーんって上まで上がれるっていう。確かにそれだったら誰も階段なんて昇らないですものね」
この魔塔では各階に魔石が置かれており、その魔石に行きたい階を告げるとその階まで自動で運んでくれるって仕組みらしい。
ただ防衛の観点から、使えるのはその魔石に登録された人のみ。そして人によって行ける階の制限まであるって。
でも使われないからこそ、掃除が大変そう。こういうのって、すぐにホコリが溜まってしまうのよね。
「さ、さきに……さきに行って……くだ、さい……」
そうは言われても、なんだかそれも忍びないのよね。せっかく出迎えてくれた上に、本来は登らなくてもいい階段を私と一緒に上ってくれてるんだもの。
登録されてる二人は、本来なら一瞬で三階までいけるのに。
こんなことならフレイが背に乗せてくれるって言った時に断らなければ良かったわ。逆にすごく迷惑をかけちゃった。
でもどうしてもぬいぐるみの背に乗るって想像が出来なかったんだもの。
「私のせいですみません。わがまま言わなければ、こんなことにならなかったのに」
「何を言ってるんですか奥様~。たかが階段です。しかもたった三階まで上るだけのことですよ。日頃の運動不足を見直すいい機会なんですよ~」
「そうですか?」
「ああ、そう。わたしたちに敬語は不要ですよ~」
「あ、はい」
今まで家ですら敬語で過ごしてきたから、敬語じゃなくてもいいって急に言われても難しいわね。
んー。どんな感じでっていうか、どこまでの距離感で話せばいいのかしら。
「えっと……」
「普通でいいんですよ~普通で~」
「ラナ、その普通っていうのが人によって違うんだからな。そうも一気に詰めるもんじゃないと思うぞ」
息はかなり上がっているものの、ようやく私たちに追いついた魔導士が首を横に振りながら言った。
そうね、今の私には普通が何かまったく検討もつかない。
人や立場によって変わる普通の定義。あんなトコで育った私としては、そのすべてが母の価値観でしかなく、あとは本での知識としてしたないのよね。
だから彼の言葉に心の底からホッとしている自分がいた。
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