第12話 温かな世界

「確かにそうですね。すみません奥様」

「いえ、いいのよラナ。私がその、そういうのに不慣れなだけで。むしろいろいろ言ってくれたり、教えてくれるのは嬉しいです。あ、嬉しい……わ?」

「あはははは奥様、可愛すぎる」


「えええ。どうしてそうなるの?」

「だってこんな身分すら分からないわたしの言葉でも必死で聞いてくださって、一生懸命なんですもの」

「身分は別に関係ないと思うけど……、一生懸命なのは否定しないわ」

「そこがもう可愛いのですよ奥様」


 他人ひとから可愛いなどと言われたのはこれが初めてかもしれない。

 家族ですら言ってくれたことはないのに、何もしていなくてもこんなにも簡単に言ってもらえるものなのね。


 ココに来てから、なんだか私の知っている世界とは真逆っていうか、世界ってこんなにも胸が温かくなるものなんだって思う。


 だからこそ怖いと思う自分もいるのも確かだった。

 だって私、何も貢献できてないもの。でも今返すべき言葉だけは、私でも分かる。


「……ありがとぅ」


 貢献できてないのなら、明日からでも彼らの期待にこたえられるようにすればいいはずよ。

 掃除は得意だし、きっとラナの仕事を減らすことが出来るわ。


 一人気合を入れてガッツポーズを小さくし、私はまたラナに続きて階段を上り始めた。



 三階には数名の魔道師たちが私たちをにこやかな顔で待ち構えてくれていた。その手には先ほど馬車で見たものをみんな持っていた。

 パンという乾いた音を上げ、紙が飛び出てくるソレはクラッカーと言うらしい。


 最近この魔塔で開発され、その華やかさからお祝い事に使われるとのことだった。

 何度あの音を聞いても、体がビクっとして縮こまってしまうのだけど。


 でもみんなが私のことを歓迎し、この婚姻を喜んでくれているというのはすごく分かった。


 みんなが総出でお相手であるザイン様が不在なことを平謝りしていたトコなんて、思い出しても笑みがこぼれてくる。


 王宮からの呼び出しと、婚姻届けの提出のためにどうしても登城しなければいけなかったらしい。


 お会いして顔を見たかったのは本当。どんな方で、私なんかの何がよかったのか。聞けるものならば聞いてみたかった。


 でもそれでも、お仕事ならば仕方ない。


 そんなことを責めるわけもないのに、みんなすごく恐縮してたのよね。


 でもおかげでこの魔塔にいる人たちと少し仲良くなれた気がする。それに温かい料理や、甘いお菓子なんてどれぐらいぶりに食べたかしら。


 いつか出席した夜会以来かもしれないわね。基本的に家では用事が終わるまで食事は出来なかったから、冷めていることの方が多かったのよね。


 しかも貴族令嬢たるもの、自己管理が大切であり甘いものなど食べたら太って大変なことになると口すっぱく言われてきたし。


「ケーキ……すごく美味しかったわ。あんなに美味しいものは初めてかもしれないわね」


 王宮で食べた一口サイズの小さなものではなく、今日のはクリームがこれでもかと使われており、中に果物が挟まれていた。


 感動する私に、魔導士の一人の方が今貴族の中でとても人気のお店の商品だと教えてくれた。

 でもそれってことは、貴族でもお菓子を食べるってことよね。


 なんだか本当に普通って難しいわ。


「ああ、あとは明日魔導士さんたちのお名前を聞いてもいいか確認しなきゃいけないわね」


 魔導士はその身分を秘匿としている以上、聞いていいものかも分からず聞けなかったのよね。


 明日からやることがたくさんだわ。


 朝にはザイン様がお帰りになるって言っていたからまずはご挨拶して、そのあとは掃除でしょう。

 ああ、魔石の登録もしてもらわないとってラナが言っていたわね。


 それからあとは……あとは……。


 そう考えているうちに、自分の体温が横になったベッドにだんだんと広がっていく。

 今日からしばらくはこの部屋が私の部屋だとラナに案内され、着替えたあとすぐにごろんと横になったのだ。


 豪華な客室であるその部屋は、私が来るために整備してくれたらしい。

 新しい鏡台に、見たこともないくらいたくさんのドレスがかかったクローゼット。


 そして何より、この体の重さが吸い込まれるように心地よいベッドだ。

 ほんの少し休憩して部屋の中を見て回りたかったのに……意識までベッドの中に落ちていった。

 

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